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ラーメンを食べて初めて涙した|ありがとうニワトリ編【0からラーメン】

さて、前編では素材集めの振り返りとラーメン調理の入り口として最重要素材のニワトリのと殺直前までを扱ったわけだが、ここからはその続きを記していこうと思う。

ここから先はニワトリの屠殺の一部始終を書いていく。
写真も含まれるため、苦手な方はこの先を読むかどうか自身で決めて欲しい。

先に言っておきたいのは、これはなにかの問題を提議したり、グロテスクさを見世物にしたようなものではないということだ。だからそういった類の期待には応えられないだろう。

ただ、卵から孵して育てた鶏をどこにでもいる現代の若者が食べるために命を奪った時になにを感じたのか、それを綴るだけである。

手順は以下の記事が詳しいので、実際に実行したとき自身がその場で感じたことを重点的に書いていく。

気絶


覚悟を決めたところで、実際にニワトリをしめていく。

なるべく苦しませないないために、まずは鉄パイプで後頭部を叩き気絶させる。

このような状況はヤンキー映画でしか見たことがないが、自分の身に置き換えると、とんでもなく痛いことは想像に難くない。

苦痛を減らすためになるべく一撃で仕留めたいが、なんせ全く経験がないのである。フォームも力加減もわからない。
こんな時に映画で見たヤンキーのように日常的に人の頭を鉄パイプで殴っていればと後悔するが、時はすでに遅い。

現場には静謐さが溢れ、鳥の鳴き声や葉のこすれ合う音がいつもより大きく聞こえる。

まずは深呼吸。

そして準備ができたことを居合わせる友人に伝え、ニワトリの足を掴み、さかさまに持ってもらう。

突如のことに驚いたのだろう。
きっと鳥は逆立ちをすることはないだろうから、上下逆転した世界は初めてだったと思う。
はじめはもがき、暴れていたが、やがて諦めたかのように落ち着いた。

その姿を眺めていると、卵から出てきた時のことや、先ほどまで元気に走り回っていた姿が脳裏にちらつく、が振り払う。

今は考える時ではない。

まっすぐにパイプを振り下ろせるように高さの微調整を指示する。

そして今一度、深く息を吸い、そして吐く。

狙いを定める。

手に力を込め、一気に振り下ろす。

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コッッ゛。

当たりはしたが手ごたえに直撃といった感はない。

ニワトリは目をしばたたかせながら、羽を大きく広げじたばたしている。

失敗した。

冷や汗か油汗か分からないが、じわりと上半身ににじむのが分かる。

ごめん。と心の中で声が漏れる。

痛かったのか、二度目の打撃を避けるためなのか頭を胸にうずめるように首を内側に曲げている。

なだめるようにくちばしに手を当てながら頭をもとの位置に戻す。
首が細かく上下に振れているのがやけに鮮明に見える。

痛みに耐えかねているのだろうか。
一撃で気絶させられなかったことに申し訳なさの念が湧き起こる。

しかしこの痛み苦しむニワトリに対して今できる行動はこの棒をもう一度頭上に振り下ろすことだけだ。

二撃目、気持ちを奮い立たせ、狙いをつけ殴る。

焦りのせいかストロークが短くなっていた。
当たりも心なしか先ほどより弱く、かすっただけに近い。

ニワトリは目を閉じているが、まだ意識があるようだ。
小刻みに開け閉めされるくちばしから、そのことが窺い知れる。

想定以上の難航に嫌な汗が流れ、この場所から立ち去りたい気持ちになる。

しかしここで逃げ出すことは許されない。
命を頂くと決めた以上、最後までやり遂げることは責任であり、義務だからだ。
なるべく早くこの時間を終わらせる。
そう改めて決意し次のチャンスに取り掛かる。


頭の位置を先ほどより上にあげてもらい工夫を試みる。

いち早くこの時間を終わらせたい焦る気持ちと、確実に一撃で仕留めたいという気持ちが交錯する。

三撃目、狙いをつけ鉄筒を打ちつける。

おとなしく頭を垂れているが、首に力が入っているように見える。
恐らくまだ気絶をしていないのだろう。

チクリと胸が痛む。

四撃目、慎重にあたりをつけて、想定の軌道上にパイプをなんどか走らせてイメージを固める。
今までより早めのスピードで、打つ。

今まで閉じていた目を力なく見開き首をくねらせる。

また胸に痛みが走る。


なぜだ。どうしても気絶しない。

確かに手ごたえがないと言えばないが、ニワトリの頭の質量を考えてみるとクリーンヒットしたところで、どれ程の手ごたえがあるのだろうか。

答えは分からない。ただ現実に起きているのは、ニワトリはさかさまにされ、頭を何度も殴られ、そして未だに意識を保っている、ということだ。

苦痛を減らそうとしているのに、むしろ逆のことをしてしまっているのではないかという罪悪感、やるせなさに包まれる。

一つ確かなことは、今までと同じやり方ではいけない。

なにがいけなかったのだろうか。

目をつむりイメージを鮮明にする。

答えは見つからぬまま次を最後の一振りにしようと決心する。

何度目の決心か分からない。

それでもやるしかない。

今までの経験から考えられる最善のポジションにニワトリの頭をセットしてもらい、今までより大きく振りかぶる。

余計な優しさはニワトリをもっと苦しめてしまう。

今度こそ。

狙いをつけて一気に振り抜く。

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ガスンっ。

打つと同時に、一瞬ニワトリの羽は背中側に大きく開き、首の力が抜けて頭はだらりとぶら下がる格好になった。

五撃目にしてやっと成功した。

よかった。

だが、ここはまだ下準備。

安堵の息をつく間もなく、次の仕事に取り掛かる。

断頭

気絶したニワトリをあらかじめ用意した丸太のそばに移動する。

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あらかじめ打っておいた二本の釘の間に首を据える。

そして斧を手に取る。

振り下ろす場所は頭の少し下だ。

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斧で当たりをつける。

これは絶対に外せない。

だからといってゆっくりしていれば、気絶から目を覚ましてしまうかもしれない。

ここまで来れば覚悟は決まっている。
同時に気絶の作業から集中が徐々に増してきており、視野は狭まりニワトリにのみ注がれ、思考は次の作業のみに費やされている。

動きに迷いはない。

首から一度斧を離し、またもとの場所に戻しイメージを固める。

二度目。同じリズムで同じ動作をする。心臓の鼓動が早い。

三度目。勢いよく振り下ろす。ザクッッ。

丸太に一筋の血の小川が流れる。
胸がギュッと縮むような感覚。

ほとんど直撃だが首の皮がどこかで切れていないようだ。

躊躇なく同じ所に斧を打ち込む。

心臓がまたグッと握られたように強く拍動する。

固く握り締めた手が斧から離れる。命と物の間を探すようにもがく体から血が四方に飛び散り、黒いシャツに鈍く光る、赤くて小さな斑点が作られる。

力強く暴れる体とは反対に頭は力なく横たわっている。

私はあいつの命を絶った。


境目

間髪入れずにそのまま次の作業に移る。

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首を切り落とされた体はビニール袋の中で数分間さかさまにし、血抜きをする。

袋の中でもぞもぞと動くその体に苦しみはあるのか。
まだ丸太の上に残っている頭の方はなにを感じているのか。

ひと段落着き放心しながら、ここでは答えの出ない問答をしつつ、血抜きが終わるまでの時間が過ぎる。

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血抜きが終われば、熱めのお湯を張って、ニワトリを少しの間つけて毛穴を開いた後、毛抜きをする。

毛はほとんど抵抗なくするすると抜けていき、みるみる地肌が見えてくる。

このころには気持ちはかなり落ち着き、毛抜きに無心になっている。

半分ほど毛が抜け終わった後には、なんだか肉に見えてくる。

私の持っている感覚はなんて適当なものだろう。

一度死んだら戻らない。不確かさだらけの世の中で、これほど確かなことはないかもしれない。それは普段絶望をもたらすが、今回ばかりは肉になるしかないという潔い道筋を示してくれているのかもしれない。

しかし、こんな風にそれらしい理屈をつけてみたところで、それはただの後付けされたものでしかない。

なにが私にそう思わせているのかは分からない。どこから肉でどこから生き物なのだろう。その境目はひどく曖昧なようだ。今回分かったことと言えば、真正面から向き合った時、その曖昧さだけがひどく明瞭な輪郭を持って立ち現れたということだ。

この曖昧で矛盾したなにか。この何かを切り分けて、理解して、答えを出すこともできるかもしれない。それでも今持っているこの感覚が本物であることに変わりはない。

ニワトリに愛情を持ち、心の底から苦しまないで逝くことを願い、それでも肉だと思って、おいしいと味わいながら食べていく。

ニワトリを口にする時、無意識に感謝の気持ちが溢れ、なんだか自分の命の重みが増した気がした。

正しいかはわからないけれど、大事なのはきっとこういうことだ。


ラーメンの材料一つとってもよく見るとこんなことがある。

そういえばこれはラーメンの作り方の記事だった。
完全に忘れてニワトリの下処理だけで一本終わってしまいました。

次回、ついにラーメン完成!

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