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【実話】0からラーメン#1 「鶏は飼い、小麦は育てるもの」

「ニワトリ面白そうですね。畑、ありますよ。」

となりの席の男が突然話しかけてきた。

迷彩柄の短パンを履いた体格のいい男だ。

まさかこの男が大学生活を通して関わり続け、奇天烈な活動をともにする相手になるとはこの時思いもよらなかった。

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うだるような暑さの中、ただの草の前に多くの若者が群がり、じっと中年男性の話を聞いている。

今日は生物学の実習の一環で、一日かけて植物園を回り、専門家の意見を聞きながら回る予定なのだ。

朝から園内の植物を入り口から順に片端から調べて、すでに少なくない疲れが参加者の顔ににじんでいる。これから更に暑くなる午後の憂いから逃げるように、私は友人と昼食を取るためにレストランに入った。

入り口付近の二人掛けのテーブルにつき、私はかつ丼を頼み、友人のウェンはカレーを頼む。

料理が来るまでの間、いつも通り他愛のない話をする。まだ大学一年生の私たちは、寮の住人の話や、専攻をなににするかなどと、他人事や未来の中にある朧な希望らしいなにかを肴に話を楽しんでいた。

それぞれ注文が来ると、手を合わせ食べ始める。しばらく箸が進んだ後、ウェンが話しかけてくる。

「畦(けい)は新学期はどうやって過ごすの?」

私はつい数日前に元ラーメン職人との雑談から思いついた革新的なアイディアを打ち明けた。

「夏休みが明けたら、やろうと思っていることがあるんだけど。」

カレーを真剣な面持ちで突く友人は、自分で質問したことなどすで忘れたかのように、視線を皿に留めたまま言葉を返す。

「へえ、なにするの」

きっと一つのことに集中すると、他のことが疎かになってしまうのだろう。

畦はウェンが黙々とカレー皿を突くのを眺めながら話を続ける。

「ラーメンを一から作ってみようと思うんだ。例えば、小麦を畑から育てて、ニワトリを卵から孵してさ。」

ウェンは目を輝かせながらこちらに顔を向ける。

「おもしろそうじゃん!どんぶりとか調理器具も作っちゃう?」

興奮気味なウェンのスプーンは完全に停止している。

「そこまでは今のところ考えてないんだけど、まずは小麦とニワトリだよね。麺とスープがなくちゃ始まらない。」

盛り上がりを見せ始めた会話に、横から声が掛かり、そちらに顔を向ける。

「あのう、すみません。横で話を聞いていて、面白そうだなと思って声を掛けさせて頂いたんですけど、僕たち学内に畑を持っているんです。そこで小麦を育てたり、もしかしたらニワトリも育てられるかもしれません。」

なんということだろう。話を打ち明けたとたんに解決策が目の前に現れた。問題すらまだ明らかになっていないというのに。

続けて、彼は自己紹介を始めた。名前を樹(たつき)というらしい。昼食をともにしていたのは、彼の入学当初からの友人で照(しょう)といい、すました顔で静かに座っている。

樹と照は同じ実習に参加する学生で、実習で何度か見かけていた。会話をしたことはなかったが、樹が植物のスケッチの時間にひとりムカデのスケッチをしていたことだけが印象に残っている。

耳寄りな情報だったので、話を続けるように促す。

聞いてみると、どうやらもともと生物関係のプロジェクトを自身たちで進めていたようで、その企画は頓挫してしまったが、その時成り行きで手に入れた畑があったようだ。そしてその畑を貸してくれるということらしい。

願ってもない話だったので、その場で畑を借り受けることに決まった。
その後は意気投合し、ラーメンプロジェクトの青写真を描きながら、実習は進んだ。

途中話が盛り上がりすぎてしまって、実習の目玉ともいうべきムササビの観察の時、普段温厚で怒った姿など想像もつかない教授が、怒りを露わにし「君たちはムササビが見たくないのですか!」と言い放ったことは皆の記憶に残っている。

そのような悪行のせいか、樹は実習生の中で一人ムササビの滑空を見逃した。

ーーー

実習のレポートを書いているうちに慌ただしく夏休みは過ぎ、新学期が始まった。

新学期始まって早々、畑の責任者である文化人類学の教授に挨拶をしにいくこととなった。  

偶然その教授の講義を取っていたので、人類学原論と称される第一回目の講義へと向かう。
200人ほど入るであろう教室は学生でいっぱいで、まるで漫談のように進む授業で、教室は活気に溢れていた。

授業後に教授のもとに行き、早速畑の件について相談を持ちかける。

「初めまして。唐突な話になるのですが、1からラーメンを作るために畑で小麦を育てたり、鶏を育てたいんです。畑をお借りしてもいいですか?」

溌剌とした彼女は快く返事をくれた。

「面白そうだね!私も昔畑でヤギを飼って潰して食べたいと思っていたんだよね!」

ヤギの件に関して、人口学の学位も持つ彼女の主張する意義としては、食料としてどれほどの価値があるのかという学術的観点からのもののようだが、その嬉々とした様子からは本当はただ純粋な好奇心で学内でヤギを飼って食べるということをしてみたいだけのようにも感じた。

しかし、そんな彼女だからこそ、大義名分も社会的意義もない、ラーメンプロジェクトの力になってくれたのだろう。
きっとこんな大人がいてくれるだけで、世界はもっと楽しく活気あふれていくのではないか。
でも、こんな大人だけだと世界はヤギだらけになってしまうかもしれない。

話はとんとん拍子で進み、一行は早速畑にむかう。


ーーー

この話はとある大学生たちの実話をもとにした書き物です。

そしてなんんんと、この話とリンクしたアニメーション動画もあります。

中毒性のある異世界のような雰囲気をお楽しみください!

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実際の活動はこんなかんじ。

Web https://fr0mscratch.com/

Twitter https://twitter.com/fr0sc

Instagram https://www.instagram.com/fr0sc_ja/

Youtube https://youtube.com/channel/UCvfU5fxEsDPg7N61T7tfEHg



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