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もりもり食べる人を見ることの喜び

おすすめされていた「紲星あかりの休日ご飯!」という動画シリーズを見て、その魅力に取り憑かれてしまった。と同時に、アル中カラカラという人物のことを思い出した。作品と作品を連想で繋げるのは無粋なことかもしれないけれど、彼のエキセントリックすぎる部分がチューニングされて見やすくなっている感じを受ける。

2年くらい前のネットで、アル中カラカラというおじさんの動画が流行していた。彼の動画のフォーマットは、料理をして食べるというごくごく普通の内容なのだが、その中身が色々と強烈だった。

まず、調理環境が汚くて雑である。畳をまな板に十徳ナイフを包丁にした豪快な調理と年季の入った炊飯器のコンボで潔癖症お断りのスタイル。次に、入れる調味料の量が異常。唐辛子の瓶とかにんにくチューブとか、一般家庭なら何回にも分けて使うアイテムを、逆さにして1回で全部炊飯器に空けてしまう。それを見て「使い切りパック」というコメントがついたりする。

最後に、アル中カラカラという愛称の由来にもなっている、自作ハイボールの濃度。業務用の5Lの角瓶と炭酸水を、9:1とかで割って一気飲みする。焼酎は1の方ではなく、9の方である。おかしい。そして、飲みきったグラスに残った氷を揺らしてカラカラと音を立てる。これがアル中カラカラ。終わったら同じ配分で2杯目3杯目とどんどん飲んでいく。やはりおかしい。彼のスタイルは、明らかに尋常のものではない。

で、これがめちゃくちゃ人気だった。それはなぜか。

1つは、世で持て囃されているあるべき食事の姿へのアンチテーゼとして機能しているということだ。

アル中カラカラの対極にあるライフスタイルワードは、「ていねいなくらし」ではないだろうか。明るいアイランドキッチンに、北欧系で取り揃えたっぽいシンプルでウッディーな調理器具に、オーガニックでベジタブルな材料。小鉢がいっぱい付いていて、彩り豊かで一汁五菜くらいやってる栄養バランスの取れた食事。時間と金のあるハイソサエティな人たちの趣味と化したていねいなくらしには、「正しさ」の匂いが染み付いている。

そのていねいなくらしの看板を真正面からぶち破ってゴーイングマイウェイなスタイルを貫くのが、アル中カラカラの料理動画なのだ。まな板は畳、ぼろい炊飯器、調理料は味覚を壊す勢いで過剰、人生のRTAでもやってそうなアルコール濃度。一応糖質だけは気を使っているのか、普通なら米とか小麦粉が出てくるようなシーンでは鶏のひき肉で代用しているのを見ることができるが、それで作ったたこ焼きが実質肉団子になってしまっているのがまた愛嬌があって良い。

アル中カラカラの料理は、「正しい」料理に真っ向から対抗している。それはもはや彼の生き様のようですらある。その姿を見て私たちは、なんかもっと好きに雑に生きていてもいいんだなと思える。栄養バランスなんか知るか。自分が今食べたいものこそ体が欲している栄養素だろう? 自分が美味いと思うものを食べてくたばるのが一番。人生も同じ。なんだかそんな感じがしてくる。

で、もう1つ、アル中カラカラが人気な理由は、単純に、バカな量をバカな方法でにこにこドカ食いしている姿を見るのは心を快くさせるものだということだ。この場合のバカは勿論肯定的な意味である。

元号が令和に変わる前、次の元号が「元気モリモリご飯パワー」だったら面白いねなんていうミームが瞬間的に流行ったことがあった。あれは、元号という厳かで意味深なものが威厳を失った標語みたいになるというユーモアだったけど、そこには同時にもりもりご飯を食べるという行為の明るさも含まれていた。他にも例えば、食欲旺盛で定食のごはんを大盛りにしてガツガツ食べる男子高校生なんかに私はつい好感をもってしまう。「ちゃんと飯食ってるか」「もっと飯を食え」がその人への親愛や愛情の表現になりえる。

これらに共通するのは「いっぱい食べる君が好き」という気持ちで、私たちは楽しそうに大量の食べ物を摂取する姿を見ると、見事な食べっぷりに清々しい気分になる。その人に若々しさや健康さを感じるというか、瑞々しい生命を賛美したくなるような気持ちが湧いてくるようなのだ。

そう考えると、冒頭の「紲星あかりの休日ご飯!」はよく考えられた人選である。そもそも紲星あかりは架空の存在で、VOICEROIDという音声読み上げソフトの1つの声に授けられたキャラクターだ。歌う初音ミクの話す方だと思えばよい。VOICEROIDにも色々なキャラクターがいるが、そのなかで大食いという二次創作設定が定着しているのが紲星あかりなのだ。

勿論私たちは、そこに紲星あかりがいないことも知っているし、中の人も多分一人暮らしのおじさんなんだろうなということも分かっている。でも、それらを分かった上で、紲星あかりが何かしたり話したりしているのを楽しむ。そこで動画のアイデンティティを仮託されたのがゆっくりボイスでもなく、結月ゆかりでもなく、紲星あかりであるというのは、動画の中身とそのキャラクターらしさがマッチしているからだろう。


丁寧でバランスの取れた暮らしに中指を立てて、食べ物も飲み物も好きなものを好きなだけ元気よくもりもり頬張る。その姿に、清々しく赦されたような気持ちになる。「紲星あかりの休日ご飯!」もアル中カラカラも、そんな魅力を持った動画作品シリーズだ。

ここまで読んでくれた人に、私から。

ごはんちゃんと食べてますか。好きなものいっぱい食べてね。

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