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分裂した自意識のメリーバッドエンド Horizon Note / Endorfin.

CDアルバムを買ってきて、初めて曲を聴くとき。私はだいたい、布団の中に頭まで入ってイヤホンをして、体を休めて聴覚だけに集中する。「Horizon Note」を家に迎えたその日も同じように、PCにwav音源として取り込んだものをwalkmanに移して、もそもそ布団にこもって目を閉じたのだった。

作品世界に溶けていった私は、急角度から牙を剥いてきたアルバム構成にざっくり逝かれて海の底に沈んでいった。物語はジャケットからは想像もつかない方角へと展開して静止した。私は目を開けて、このアルバムのアンサーアルバムがこの世に存在していることに心からの安堵を覚えた。よかった! なぜって、これ、メリーバッドエンドだったから。

CDアルバムに収められた曲たちは、自身の内部ストーリーだけでなく、曲同士の関わりの中で大きなストーリーも持つように仕組まれている。シングルCDを重ねたアーティストが活動のまとめ的にアルバムを出すというパターンが多い一方で、初めからアルバム全体で大きなストーリーを語ろうと意図している作品もある。「Horizon Note」は、この後者のパターンだ。

「Horizon Note」は何を語ろうとしていたか。それは、2つの分裂した自意識についてである。収録曲を順に辿って見ていくことにしよう。

なお、このアルバムは全曲Youtubeで無料で聴くことができる。気に入ったら買ってね。


Horizon Note

君と別れた私が、空へ向かって飛び立っていこうとする歌。アルバムのタイトルと同名の曲、つまりこの作品を代表する曲だ。

イントロからもうバチバチで、この曲です! っていう特徴的なメロディラインが耳に残る。爽やかで、海の青と空の青が視界で、吹き抜ける風を感じる。遠くまでよく見渡せる良い景色が広がってるのを見つめながら、考えるのは別れてしまった君のことで、心を遠くに飛ばしている。暗さと明るさのが共存した歌詞が好きだ。

君のいない時間は廻ってく 風に乗ってふわり flying
Ah いつまでも君の隣じゃいられないよね
喉元で怯えてる気持ちの行方はココじゃない
もっと遠くへ
水平線の向こうまで

1番サビ

「いつまでも君の隣じゃいられないよね」って、別れるしかないって答えはとっくに決まってたはずなのに、君がいなくなって一人になった私の心はやっぱりすっきりいかなくて。「眩しい日差し憎らしくて」とかめっっちゃいい。「浮かんでは消えてくメランコリー」も「僕を嗤」ってくる。取り残されてひとりぼっちになって、自分で前に進んでいかなきゃいけないけど不安だっていう気持ちになったとき、私のコンディションに一切構わず照りつける太陽や脳裏にちらつく憂愁がどう見えるのかというのが、よく出ている。

この曲には、前へ前へとはやる気持ち、心地良い焦りとでも言うべき勢いがある。

一番好きなのは、2番サビが終わって入る間奏だ。一旦落ち着いて波間を漂うかのように休憩したのち、イントロにあったあの主旋律がバーンと立ち上ってきて、空へと高度が上がっていくのを感じる。テンションが高まっていく。エネルギーが満ちていく。Cメロの浮遊感で一旦溜めた高鳴りがラスサビで解放されて、圧倒的な爽快感に繋がる。

何度でも聴ける心地よさ。この曲は、1曲リピートに無限に向いている。

桜色プリズム

ぽわぽわした春っぽい曲。2番でセリフが入るのが特徴的だ。やっぱりこのセリフ部分が一番好きだ。

この手で変えられる未来に限りはあるけれど
欲しいものってそう意外に遠くはないのかな
掴もうと力むほどそれてゆく落ちてゆく
そっと両手で包み込んでみて 輝く君色のプリズム

歌詞のうち理性的で意識的な側面は「Horizon Note」とほぼ同じだけど、違うのは表現されたテンション、つまり感情的な側面だ。「Horizon Note」は夏のような爽快感と遠くを目指して翔んでいく遥かな感覚だったのに対して、「桜色プリズム」は春の街角や坂道を歩いていく身近な実感みたいなものが表されている。進行はわりと単調だが、だからこそ確かな足取りみたいなものが感じられて、曲全体のイメージにマッチしている。

Luminous Rage

前曲と打って変わってアップテンポに激情を綴る曲。逆境の中に走り出して飛び込んでいったような感じ。なんだけど、土台の脆い人間ががむしゃらに突っ走っているような不安定さがあって、この激しさはおそらく本人にとって正しくないだろうという直感を受ける。空に向かって羽ばたこうとして、全速力で海に突っ込んでいったような。それでは苦しかろう。

籠に囚われたまま
繰り返す日々に終止符を
Are you ready to fight?

問題はこれをどんな気持ちをベースに唱えているかだ。2番の歌詞なんかほんと痛々しい。擦り切れて力果てていく感じがよく伝わってくる。詩としての完成度がすごく高くて、必要な言葉が過不足なくぴったり収まっている。

微熱を帯びた回路は瞳に映る指標を狂わす
「何が正しい?」なんてこの胸にいくら問いかけても
I can't find out
踏み出す意志を拒む感情なら要らない
心疼く傷の痛みも越えて強さに変えてく

歌詞に部分的に英語が登場するが、前後と比べて言語的にやはり浮くので、印象的な場面になっている。歌詞全体の感情が、歌い終わりの

This tear is scream of heart

に集約されて、疾走感のあるメロディは熱を余韻にキュッと止まる。がむしゃらに走り続けるも、その目には心の奥底からの悲鳴が浮かんでいる。

一粒ノ今

このアルバムの最もヤバい場面転換。まず奇妙さを覚え、次いで不気味さと恐怖を感じる。この曲は単独で聴いてもさっぱり意味が分からないだろう。それだけに、前から順番に聴いてきたときのハマり具合が尋常じゃない。文脈の鬼になっている。

歌っているというより、全て語りかけている言葉なのだが、なんと歌詞カードに記載がない。このあたりも曲の不意打ち感というか不気味さを増すのに一役買っている気がする。だからインターネットで歌詞検索してもヒットしないんだよね。

全ての一瞬は砂の一粒に変わり
この空のどこか
硝子の中の
大きな砂丘に降り積もる

どうしようもない平和は僕らを蝕み続ける
どこか噛み合えばどこか食い違う
僕らは間違い続ける

ここで、リスナーはハッとするわけだ。第一連が指しているのは、CDジャケットに描かれている砂時計のことである。

左のポールと後ろ髪が交差するあたりに砂時計がある

「Horizon Note」のサビ「君のいない時間は廻ってく」にあったように、「時間」はこのアルバムのテーマに密接に関わっていた。歌詞カードも開いてみれば、確かに歌詞は載っていないけれども、曲順的に載っているべき位置に砂時計の挿絵がある。これが読解のための分かりやすいヒントになっていることに気付く。

次もヤバい。

(左)
どうしようもない平和は僕らを蝕み続ける
どこか間違えばどこか正される
未完成なこの宇宙の端っこで

(右)
目がくらむほどの恵みに僕らは削られ続ける
どこか噛み合えばどこか食い違う
不完全なこの世界の真ん中で

なんと、左右違う声が同時に語りかけてくる。ここで私は、本アルバムのテーマは自意識の分裂にあるということを確信した。前曲までで紡がれた「君」と「僕」の物語は、アルバムの文脈の上では一人の人物だったのだ。分裂先は、環境に過適合し別物になりきろうとする自分と、その過程で封殺することになった自分(「本当の」と形容したくなるタイプの自我)の2つである。

左右から聞こえる声のどちらがどちらなのかは難しい問いだが、どちらとも取れるように書かれているような気もする。2人とも「僕ら」のことを述べているし、「宇宙」と「世界」は同じことだ。「端っこ」か「真ん中」かも、何を基準点として見るかで変わってしまうように思う。

全ての一瞬は砂の一粒に変わり
この空のどこか
硝子の中の
大きな砂丘に降り積もる

刺すような青空の向こうでは
今日も誰かは生きていて

刺すような青空の下で
今日も
僕は

擦りガラス越しに街ゆく人を眺めるような、海の底から陸の人間たちを観察しようとするような、目の前の光景から遊離した感覚。社会に溶け込めない逸脱者の視点で曲は終わる。

Spica

きらきらとしたイントロの美しさに、静かな海岸で夜風に当たりながら、星を見上げるような情景が浮かぶ。紺色を基調としたイメージだ。このイントロに映像をつけるとしたら、まず深い海中から星が見える海上まで勢いよく垂直に動いて、そこから右へカメラをずらして砂浜で海の方を見つめる語り手を映して、そして歌い出しという感じだろうか。

夜風は孤独を連れて 乾いたココロ 吹き抜けてゆく

これは、過適合者の「僕」が逸脱者の「僕」と再び対話しようと呼びかける曲である。

ホロスコープが映し出した或る日の影ぼうしを 僕らはずっと探していた

静かに季節は巡り いつしか僕らは大人になって

タイトルの Spica はおとめ座の一等星スピカのことだ。歌詞中の「穂」や「真珠」はそこから得たモチーフだろう。スピカは春の大三角を構成する星のひとつだから、ホロスコープ(天体配置図)で見た或る日は季節的に春のことである。これは、2つの自意識が離れ離れになる前の曲「桜色プリズム」の頃のことだと思ってよいだろう。そこから時間が経って、僕らの時間は離れ離れに過ぎていった。

忘れ物はこの胸の奥にずっと テレスコープじゃ映せない場所に
欠けたひとつピースをはめ込んで 見失ってた本当の僕に会いにゆこう

テレスコープ(望遠鏡)じゃ映せない場所にいる本当の僕。視覚表現としては、空にいるのではなく海の中にいるもの。抽象的な意味としては、心の奥底に眠ってしまったもう一人の自分。

過適合者の「僕」から逸脱者の「僕」への、応答を呼びかける声。果たしてこれは届くのだろうか。

コトノハ

Spicaと同様にきらきらとしたイントロである。しかし違うのは、悲劇的で隔絶された響き、まさに耽美という言葉にまとわりついた陰のような匂いのする暗さである。

この曲では、前曲「Spica」で呼びかけられたもう一人の僕からの応答が歌われている。

孤独の海に沈んだ 壊れた心の切れ端
輪郭も闇に溶けてゆく このまま
枯れ落ちた過去の影に呼吸を合わせてみても
あの日からずっと針は止まったまま

1番サビ

あまりにもエグい。ここには「僕」から「僕」への明確な拒否が見て取れる。もう一度会おうったって、「僕」の時間はあの日から動いていないんだと。「Spica」で歌うように「季節が巡って僕らは大人になった」と思っているのは君だけの勘違いだと。そう言わんばかりだ。

「僕」は心を閉ざし、独り歌う。

間奏で強調される美しく退廃的な3拍子の味わいがたまらない。おそらく、ここまでずっとゆったりと左右に揺れる8分の6拍子だったのがここだけ「ズンチャッチャ」の4分の3拍子に聞こえるから「おっ!」と思わせるのだろう。そして、

「サヨナラ」

「僕」と「僕」は再び交わることなく、一人は海辺で星を見上げ、もう一人は海の底へと沈んでいく。

海月

ここまで怒涛の展開をしてきたアルバムも、なんとこれが最後の曲である。ボーカルの声と僅かなピアノの音から始まるこの曲は、おそろしく静かでゆっくりとした立ち上がりだ。BPMは40弱くらいだろうか、ものすごいスローテンポだ(これが間違っていて倍でも80未満)。

ボーカルとピアノの音のほかに、ざらざらとした音なんかも聞こえる。海の底へ沈んでいった「僕」が静かに海底の砂をかき混ぜるような感じだ。

未着色の海 硝子の囲いを壊して口遊む
醒めない祈り

砂と硝子といえば、この物語では砂時計のことである。時間が過ぎゆくことの象徴である砂時計を壊せば、中身の砂が辺りに散らばる。「針が止まり」時間経過を失った逸脱者の「僕」は、時間のシンボルを壊すことで時間という概念そのものを消滅させた。

音を辿り 波に溺れる
揺らめく君 私を誘う
月影に映える 生温かくて優しいこの空に
流されても構わないと ねぇ信じさせてみて

しかし、これは誰の視点なのだろう? 波に溺れて揺らめく君を見る視点と、空を見ることができる視点(つまり「君」の視点)があるように感じられる。つまり、語り手が混線しているように見える。「空に流される」というのも「波」のイメージとの混交ではないか。2つの視点が混ざり合って描かれるのは、2つの視点が結局のところ同一人物だからではないだろうか。

水面に浮かぶ下弦の月
明日が来なければ何時迄も
深い眠りの中でそっと呟く
「幸せ」
蒼に溶けていく

下弦の月。月のサイクルでいえば、次は新月である。もうすぐ月明かりを失い、何も見えなくなることを示唆する月齢。これは暗闇に包まれた結末を暗喩している。明日が来ないのは、砂時計を壊したからだ。

淡い思考の檻でそっと囁く
「幸せ」
重い瞼を 静かに開ける

ラスサビが終わり、静かな水の音がして、静寂。

これでこの曲はおしまいである。分裂し心の奥に沈んでいった「僕」は、表の現実にいる「僕」に別れを告げ、「幸せ」と呪文のように唱えながら消えていった。それはまるで、海中を静かに漂う意思を持たない海月のように。

最後に、世界に残った現実過適合者の「僕」が、瞼を開けた。

アルバムの終わりと歌詞カード

そして、これでこのアルバムもおしまいなのである。

ヤバくないですか。

分裂した2つの自我は、再び統合されることなく、片方が心奥に消滅するという結末を迎える。分裂した自己を複数抱えたまま生きることに比べればまだマシかもしれないけれど、しかしこれはビターな味のするメリーバッドエンドだ。もう一人の「僕」は明らかに「幸せ」になっていない。

しかし、このアルバムはこれで終わりなのである。

初めて聴いたとき、「えっ!? ここで終わり!?」と心底驚いた。そして、これにアンサーアルバムが存在していること、私がそれを既に持っていることに心からの安堵を覚えた。あまりにも生殺しだ。リアタイでこのアルバムを聴いていた人たちはどんな気持ちだったのだろうか。

巻き三つ折りになっている歌詞カードの構成も憎い。まずCDジャケットとその裏面があって、1枚めくって開くと表題曲「Horizon Note」と次の「桜色プリズム」「Luminous Rage」が見える。色合いも明るめの雰囲気だ。で、さらにもう1枚めくると、今見てきたような劇的な場面転換、深く暗い紺青の世界へと吸い込まれていく「海月」までの歌詞が出てくる。歌詞カードの色使いも激変する。

ジャケットを右から開いて……
まず右に1曲目の「Horizon Note」が見える。
さらにめくって中を開くと……
隠し玉が海に沈めてくる。

これ歌詞カード開けちゃいけなかったやつでしょ。このCDジャケットの顔でこのエンディングになるんですか!? という衝撃。CDを買う楽しみには、こういうこだわり抜かれた歌詞カードを堪能できるというところも大きい。もちろんシンプルに文字だけのカードのときもあるが、こんなに丁寧におもてなしされるとやはり嬉しいし買って良かったなと思う。



爽快感とエネルギーに溢れる表題曲「Horizon Note」から始まって、とんでもないところまで来てしまった。

次回は、アンサーアルバム「Horizon Claire」について話していきたい。

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