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源氏、読むしか! (仮)#1-後編 「もてはやしたいという欲求」

「源氏、読むしか!(仮)」は、古典の素養がない二人が『源氏物語』の完読を目指す企画です。「光る君へ」の話をしたりマンガの話をしたりと脱線しつつ、ゆるゆるとお喋りしていきます。月二回更新予定。

前編はこちら↓


「帚木」

高橋
ほい、お次は「帚木」ですね。どうだい、なんか言いたいことありげだけど。

ばら
うーん…結構読むのキツくてね。権力を持った男たちが女を品評するっていう構図がふつうにイヤ。

高橋
そうね。貴族社会にしては俗っぽすぎるというか。

ばら
逆に、キャラクターにそこまで語らせる紫式部ってすげえぞ…!とも思ったけど。

高橋
たしかにね。そう、それで言うと、ひとつ挙げておきたいトピックがあって。光源氏と頭中将が喋ってて、そこに左馬頭と藤式部丞がやってくるんだけど、そのタイミングで語り手の声が地の文に出てくるんだよね。

「〜二人が加わってから、好ましからぬ発言も多く飛び出すこととなったのです。」(ウェイリー版、p49)
「まったく歯に衣着せぬもの言いで、耳をふさぎたくなる話も多いのだけど……。」(角田訳、p48)

もう、ここから先は聞き苦しいですよ、と。前置きした上で書いてるから、そこに紫式部の価値観というか、一歩引いた視点での評価が示されてて、まだ救いがあるなと思ったね。

ばら
なるほど。ワンクッション入れてね。そうかー、地の文を意識してなかったな。

高橋
ここ以外にも、ちらちら語り手の声が出てくる場面があって。まあ語り手といっても、必ずしも紫式部とイコールというわけではないかもしれないんだけどね。この先もちょっと気にしつつ読んでみます。

注:いわゆる「草子地」のこと。以後しばらく、この言葉の存在に気づかずに進んでいきます。

で、肝心の内容ですが……左馬頭は、くそだね。

ばら
笑 ”くそ”ほど饒舌なのか、饒舌だから”くそ”が露呈するのか笑

高橋
よう喋るよね、ぺらぺらと笑
なんか、「女性はそんなに学問しなくても、実生活から知識を得て〜」みたいなこと言ってるじゃない。三史五経とかを挙げて。

ばら
はいはい。

高橋
なんとなく「光る君へ」のまひろと重なっちゃった。

ばら
ああ…紫式部がこじらせてた部分というか。

高橋
直面してた部分なんだろうね。「光る君へ」でも序盤からしっかり強調されるよね。

ばら
そうだね。紫式部の根っこの一部だ。

高橋
左馬頭が喋ってる時さ、源氏ちょっと寝てない?

ばら
そうそう笑 うとうとしてるんだよね。

高橋
だから、なんかあんま興味なかったのかなって。

ばら
自分はこれ以上ないくらいの上流階級でさ、本当は天皇の子なわけで。だからちょっと俗っぽい話は興味なかったのかな。

高橋
あれ、左馬頭って、どんな地位の人なんだっけ……(『源氏物語解剖図鑑』をペラペラ……)ああ、大納言の息子か。

ばら
まあまあ、それなりに地位はあるわけか。
光る君も前半は寝ちゃってたけど、中流の女性は面白いんだぞっていうのを聞いてから、ちょっと目が覚めてきたんだよね。

高橋
そうだね。前半の左馬頭のところで源氏がうんうん頷いて聞いてたら、読者もちょっとがっかりするよね。前のめりに聞いてたら、嫌じゃない?

ばら
嫌かも笑

高橋
ちょっと距離を置いているのが伺えて、源氏を嫌いにならずに済んだというか。

ばら
だとしたら、紫式部うまいなあ。

高橋
この段階では、あんまり恋愛経験がないんだっけ。12歳。あでも、結婚はしてるのか。

ばら
結婚はしてるけど、具体的な記述はないね。でもこのあと空蝉と関係を持つじゃない?いきなりそうはならないだろうから、ある程度の経験は積んでいると考えるのが妥当だよね。
でも自分からはひけらかさないで、黙ってるどころか寝ちゃってる。

高橋
わざわざ語るほどのことでもない、と。もうすでに余裕があるわけだ。

ばら
顔もよくて、なんでもできて、地位もあって、上流階級の女性たちと普段から関わりがあるわけで。ガツガツいく必要ないし。だからうとうとしちゃってるんだなあ。

高橋
なかなか含みのある描写だな、ここは。

ばら
てか…「うとうと」って…やばい…な…。

高橋
しかもあれでしょ、一人だけリラックスした格好で。

ばら
笑 そういうところが主人公っぽいなあ。

ばら
そうだ、「桐壺」で桐壺更衣の描写が少ないって話だけど。「帚木」で左馬頭が「中の品の女がいい」って言ってて、桐壺更衣もこんな感じだったのかなって。多少のフォローにはなってるのかと。更衣って、上流の中では下の方じゃん。だからもしかしたらこういう人だったのかな、と思ったりして。

高橋
なるほど。

ばら
違うのかもしれないけど、「中の品の女」について言及することで、じゃあ桐壺更衣はどういう人だったんだろう、って想起させる感じがあるかも。

高橋
たしかになあ。桐壺更衣問題、念頭に置いて読み進めたいですね。まあなんかでも、結局ずっとお母さんに似た女の人を追いかけ続ける、みたいな話なんだよね。

ばら
そうみたいだね、噂でそう理解してる笑

高橋
そう、だからこそ、最初の描写が乏しかったのが引っ掛かってたんだよね。

「空蝉」

高橋
「帚木」の終わりあたりから「空蝉」まで、ぬるっと繋がってるような感じだね。

ばら
ここで分けるんだ。

高橋
前が長かったぶん「空蝉」はさらっとしてるね。どうですか、この辺は。

ばら
「空蝉」はそんな言いたいことないかもなあ。

高橋
まあ、一応最初に掘り下げられる女性なわけじゃないですか。それがなんだか物語の立ち上がりとして、良さげだなあとは思ったな。空蝉って、名前じゃないんだよね。物語としての通称がついてるだけで。

ばら
ああ、そうか。

高橋
薄衣を残して、消えちゃったわけじゃない。その姿を蝉の抜け殻にたとえている、メタファーありきのネーミング。

ばら
空蝉が消えちゃう前の名前って、出てこないんだっけ。

高橋
出てこないのよ。後妻であることと、弟がいるくらいの情報か。

そうそう、衣を残して消えちゃうってとこに、ウェイリー注じゃなくて訳注の方で言及があって。シェイクスピアの『オセロー』で、デズデモーナがハンカチを落としていくんですって。それを想起させますね、というのが書かれていて。シェイクスピアと紫式部の直接的な関係はわからないけど、物語の型として、繋がるんだなあって、不思議なことだよね。『オセロー』はたしか昔読んだはずなんだけど、まるっと忘れちゃってるからもう一回読んでみようと思ったね。

ばら
『オセロー』かあ。タイトルくらいしか知らないなあ。(パソコンカタカタ……)オセロゲームの語源のあれか。

高橋
そうそう。実家に文庫が残ってるはずなんだけど、買い直しちゃいました。たまたま職場が本を売ってるようなとこだったから、すぐに手に入った。

ばら
たまたまね笑 いい職場じゃん笑

高橋
いいでしょ笑 ちょっとまだ読めてないんで、語れることはないんですけど。次回までに読めたらと。

ばら
なんか、物を落としていく描写のある作品って他にもありそうだね。

高橋
だね、ガラスの靴とか。これ、わざと落としていくのか、うっかり落としちゃったのか、みたいなとこもあるけど、空蝉はどうなんだろう。あんまり書かれてないかな?

ばら
え、う~ん………………いやどっちにしてもすごくない? だってさ、残した衣一枚を蝉の抜け殻に喩えて和歌を詠むんだよねえ、詩的ィ!!(急にテンション上がる)

高橋
なんかさ、現代のフィクション作品の感覚で言うと、セミって儚いもの、短い命、みたいなメタファーじゃないですか。そういう面もあるのかなあ。

ばら
空蝉の今後ってこと?

高橋
そうそう、脱ぎ捨てたことから、命短し、みたいな。

ばら
そうかな?今のところそんな感じはしなかったなあ。

高橋
う〜んなんだろう、実際の命にかぎらず、物語的にフェードアウトしちゃうのかなって。

ばら
あ〜〜。どちらかといいばそっちを感じたかも。

高橋
作者が意識してるのかわからないけど、そういう印象を受けたな。

ばら
光る君がさ、めちゃくちゃ高スペックにもかかわらず、本当に気になってる人とはうまくいかない感じ? 「伝わらない」という方の儚さのメタファーかなと。そう感じたかな。求めるほど実らないという。

高橋
「帚木」も言葉としてはそうだよね。近づくと消えてしまうみたいな。

ばら
ほう…。「帚木とは、信濃国(長野県)の園原にあったという伝説の木。遠くからは見えるが、近づくと消えてしまうという。」って『解剖図鑑』に書いてありましたね。

でも「空蝉」というワード自体には「死」の印象はある。

高橋
空蝉自身さ、細身なんじゃなかったっけ。それも薄命な感じにつながるかも。

ばら
そうそう。細いんだよね。

高橋
どちらかというと一緒に碁を打ってた軒端荻の方がふくよかで。

ばら
『解剖図鑑』には「豊満美人」って書いてあるね笑

高橋
わかりやすくてよろしい笑

"もてはやしたい"という欲求

ばら
全体的にさ、噂話のような感じで進んでいくじゃん。いろんな女の人たちが出てきて、彼女らがどういう人なのかが語られていく。それって、宮廷にいた読者のみんなが気になってたトピックってことなのかな?「どういう女性が良しとされるのか」という。

高橋
ほ〜〜。

ばら
あるいは、男を射止めるにはどうしたらいいかとか…。

高橋
なるほど。テイとしては光源氏の物語だけども、光源氏に見初められる女性たちの物語でもあるのか。

ばら
そう。

高橋
どっちかっていうと、そっちに感情移入するのか、当時の読者たちは。

ばら
「男ってこんなこと考えてんのかよ!」って。当時の読者の女の子たちは思ってたんじゃない?

高橋
時代を経て、ひとつ外側の視点から見ていけるのも楽しいね。没入する読み方と、メタ的な読み方、往復してる感じが、交互浴みたいでおもろいすね。

他なんかある?

ばら
何度も言うけど基本的にはまだあんまハマれてなくて。「ふ〜ん」みたいな感じで読んでるんだけど。ただ、身に覚えを感じるのが、「いい男」にキャアキャア言うのって、この時代もそうだったんだな、って…。あなたたちも「いい男」ををもてはやしたかったんですね、と。

高橋
なるほど。もてはやしたい欲求。

ばら
「雨夜の品定め」が図式的にはキツいって話をしたんだけれども、フィクションとしては萌えがあるんだよね。「雨の夜に男同士で内輪の話をする」っていうシチュエーション自体には、正直グッときてしまうんだ…。そんで、「光る君」とか呼ばれてるくらいのいい男も、その場にいるわけで…。きみだけちょっと薄着なんだ…?そんで、下世話な部分はうとうとしちゃってんだ…!?みたいなね。なんなんだよ、そのイケメン仕草。

高橋
笑笑

ばら
そういう「いい男ムーブ」に対してもの申したい気持ちは、大なり小なりあったんだろうな、と…。

高橋
現代と共通していると。アイドル推すのと同じ感覚だ。

ばら
そうだね。ちょっとここからは「見た目」の話になるけど。
最近の韓国と日本のアイドルを見てて思うんだけど、化粧とかも結構してて、うちらが知ってるジャニーズみたいなアイドルよりもかなり見た目に気を遣ってる感じもあって。すっげえかっこいい美しい綺麗なものをもてはやしたいっていうのが、さらに顕著になってるような気もするわけよ。

高橋
はいはい。

ばら
会いに行けるアイドルみたいな、より身近なタイプもいるけど、最近のアイドルはビジュアルも重要なのか、と思ったりして。
でさ、私の中で「イケメン」的な美的感覚が作られてきてしまったのって多分中3ぐらいなんだけど、全然言えなかった。「あの人かっこいいよね」みたいなことを言う人は言うし、裏でキャーキャー言う人もいたけどね。でも私は、見た目のことなんていつも言われてるだろうし、見た目のことだけ言われるのってちょっと虚しくならんかなとか思って、全然言わなかったの。心の中では、あの人かっこいいな~!顔面美しいな~!ヤべェ~!!って、思ってはいたんだけどね。

高橋
わかるわかる笑

ばら
見た目の良さに言及することがどのように作用するか、については注意したいのだけれど。「もてはやしたい欲求」が存在することは、認めたいと思います…。

んで、少女マンガで、美しいものに惹かれてしまう気持ちを描いた作品がありまして。『うるわしの宵の月』っていうマンガがあるんですけど。(突然始まるマンガ紹介コーナー)

高橋
あ〜〜なんか聞いたことあるかも。

ばら
すでにめちゃくちゃ人気のマンガではあるんだけど。きみの職場でも売れてると思うよ。

高橋
そう、なんかマンガも売ってるところだから、職場。

ばら
マンガも売ってんだ? いい職場だなあ笑

高校生の女の子と男の子が恋をしていく王道な少女マンガで。女の子の方がめちゃくちゃかっこよくて背も高くてすらっとしててショートカットで、周りの女子からは「王子」って呼ばれてるんだけど。同じく王子って呼ばれてるかっこいい先輩がいて。これはその2人の王子が恋をするっていうお話。

高橋
ほあ〜〜

ばら
展開を見ていくと、恋する女の子はかわいい!というエピソードもあり、ステレオタイプを殴り倒していくようなエピソードもあり…王道ですね。

珍しいのが、ふたりが初めて出会うシーンで、先輩の方が女の子に向かって放つ一言目なんだけど。「あんためちゃくちゃ美しいな」だったのね。

高橋
おうおうおう、それはインパクトあるね。

ばら
『ラブ★コン』とか『高校デビュー』とか、そういう一筋縄ではいかないヒロインを描いてる少女マンガを読んできた世代なんだけど、初対面でここまでがっつり見た目から入るのがすごい珍しくて。もちろん、見た目だけじゃないよっていうのは読んでいくとわかるんだけど、明らかにヒーローの方がヒロインのことを見た目から好きになっていて、しかもそれを肯定的に描いてる。

先輩(ヒーロー)が劇中で「あんな美しいもの 知りたい 手に入れたいと思うのは不純どころか真っ当じゃね?」(途中省略)と言っていて。綺麗なものを綺麗と言って何がわるい?という哲学をもってるんですよ、このヒーローは。
絵もめちゃくちゃ綺麗なので説得力もすごい。

高橋
熱量がすごい笑
たしかに平成後期のフィクション作品ってさ、恋愛に限らず「見た目じゃなくて中身ですぜ」みたいな価値観、まあそれが良しとされてきた価値観でもあるんだけど、「見た目で判断してる軽薄なヤツ」みたいに思われがちなところでもあって。でもここ数年は、まあそれはそれとして、よりストレートにルックスを褒めやすくなってきてるなとも感じているんだよね。

ばら
そうだねえ。「見た目がいい」ということを褒めやすくもあるし、逆に言及しづらくもあって…どっちもあるなあと思う。「見た目がいい」ことと、もう少し包括的な「かっこよさ」を切り分けて考える人が増えてきたと思う。だからこそルックスを純粋に褒めることができるし、一方で多くの人が「ルックスを褒める」という難しさを理解しているとも思う。だから言わないことのほうが多いし、状況的に言うべきでないときはそら言わないし…。背後の文脈を読み取る必要があるわけで。いい意味でより複雑になってきているという印象だな。

高橋
平成後半とかだと、もう少し包んで言ってたよね。平安時代は、実際どこまでオープンだったのかわからないけど、それがフィクション内で共有できてるから、そこで連帯意識を紡げたというか。

ばら
そうだね、共有できてただろうね…ふとした瞬間に垣間見える源氏ムーブ…たぶんみんなで麗しいものを愛でにいってるんだよな…。そんで、当時の読者たちに加え、私を含めた現代の読者にも、身に覚えがあるわけで…。

高橋
「うるわしの」ね笑
さすがばらちゃん、漫画のインプットが膨大なだけあって、引っ張ってくる漫画が的確だね。

ばら
『源氏』もまだ序盤で、そういう「麗しさ」一辺倒ではいかないっていうところが描かれていくんだろうけどね。

次回に向けて

高橋
なんか繋げて考えられる作品持ってきたいなあ。今のところまだ思いつけてないから、ひとまず次までに『オセロー』を読んできますわ。

ばら
そういや、シェイクスピア、本文読んだことないな………文系学部出身としてあるまじき発言しちゃった。学生時代、地元の劇団の『ヴェニスの商人』観ただけで……あれ、シェイクスピアだよね。

高橋
うん、あってるあってる笑

忘れるよねえ。学生時代に四大悲劇を読んだ記憶はあるんだけど、肝心の中身はほとんど飛んじゃったなあ。『マクベス』が好きだったことくらいしか。好きなのに忘れるなよって感じだけど笑

ばら
シェイクスピアっていつの人だっけ。

高橋
えーと、1600年代だっけか。何世紀だ。

ばら
17世紀…いや…15世紀…?

高橋
成人が二人もいてなんでこれがパッと出てこないのか笑(パソコンカタカタ…)ああ、16-7世紀だ。跨いでるのか。今の感覚からしたらかなり昔の人だけどさ、物語の型も豊富で作品数も多くて、全部良いみたいなイメージあるじゃん。それでさらに500年くらい遡った時代の物語との類似が見出されるのは、すごいことだと思ったね。

ばら
たしかに。

高橋
まさかシェイクスピアが『源氏物語』を読んでるわけもないしね。この類似も、ざっと調べた感じだとあんまり言及されてない感じだから、掘り甲斐がありそうだなあ。

ばら
そうだね。発見とか発明とかって、関係のないところで同時多発的に起こるらしいけど、こういう物語を作る人の感覚とかセンスも国や時代は違えど似てるところがあるのかもね。

高橋
そんじゃ今日はこの辺で。

ばら
バイビ~。


次回は5月上旬ごろに更新予定です! お楽しみに!

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