幽霊花の咲く頃に ~第七話~

【菊】
菊の花が描かれている襖の前でリンさんが足を止めた。長い廊下の突き当たりでそこは行き止まりとなっている。戻るか開けるかの二択だがリンさんは襖を睨み付けたまた動かない。
「リンさん?」
「リン、でいいよ」
鋭い視線が私を見た瞬間に緩む。別人なのではないかと疑いたくなるくらいの変わりようだった。驚きはしたものの、まずは会話を続けるのが先決だ。
「でも」
「敬称つけられるとこそばゆくなっちゃうの」
「えー……」
初対面の人を呼び捨てにするのは勇気がいるが、リンさんは期待をこめた眼差しで私を見ている。これは応える以外の選択肢がなさそうだった。
「……リン」
意を決して名前を呼ぶとリンは満足そうに頷いた。無邪気な笑顔に、頭の片隅で何かがちらついた。何やら映像がよみがえってきそうだったが、今はそれどころではないと頭を振った。
「えっと、どうしたの?」
「開けていいものなのかなって」
言い淀んだリンの表情は暗い。この襖の向こうに一体何があるのか。不安と好奇心が同時に沸き上がってきた。
複雑な私の心境を読み取ったかのようにリンが襖に手をかける。長く息を吐き出して私を見た。
「開けるね」
意を決したようにリンが襖を引いた。

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