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里親である私が毎日書くのは、未来の自分のためだった。

#20230415-76

2023年4月15日(土)
 noteに記事を毎日投稿している。今日で76回目だ。
 とりあえず毎日書こうと決意した。
 続けてみて、1500字程度ならほぼ1時間で書けることがわかった。ついその時点で100%の記事を目指してしまうが、それだと毎日は続けられない。60%でもいい、とにかく「書く」ことを目標としている。

 私がまわりの人たちと大きく違う点は、「里親」であることだ。
 里親になってからは児童相談所や里親会を通じて、里親仲間ができたが、里親になるまでは身近にいなかった。
 はじめは、noteを通して
①    「里親制度」を知らない人にその存在を知ってもらいたい
②    「里親制度」に興味がある人に里親生活がどんなものなのか知る手掛かりにしたい。
③    実子がいないため、実子の子育てを知らないが、実子/里子関係なく共通する何かがあると思う。子育てをする人に参考になるならば、それを伝えたい。
 そう思った。

 里親が増えれば嬉しい。
しかし、里親になってみてわかったことは、思っていた以上にたやすいことではなく、里親が増えてほしいのに、誰彼にでも勧められるものではないということだ。
 ひと一人を育てるのだ。
 もちろん容易なことではない。
 我が家の場合だが、毎日のように何かが起き、くじけそうになることはしょっちゅうだ。それを夫婦で支え合って、なんとか日々を乗り切っている。
 時間が解決することがとても多く、目に見えない一日一日の積み重ねが頼りだ。

 書きはじめた当初、もう1つ思っていたことがある。
 まだ里子を委託されて3年(もう少しで4年目)の新米里親だが、それでも委託直後の里親さん、未委託里親さんよりはちょっぴり経験がある。その方々の参考になればいいと考えた。
 実際、私の記事を読んでくださる方に委託直後の里親さん、未委託里親さんがいらっしゃるかはわからないが、私が少しでも力になれるのはそういう方々に対してだろう、と未熟ながら思った。

 ここ3年ばかりは、新型コロナウイルスの影響により頻繁にあった里親同士の集まりや研修会が激減した。研修会は開催されたとしてもオンラインで、見知らぬ里親さんと――たとえば天気の話から入るような雑談をする機会がなくなった。
 この春先から少しずつ対面での集まりが復活しているが、まだ以前のような気軽さ身軽さはない。
 我が家は、委託直後はまだコロナ禍前で、児童相談所をはじめ、たくさんの先輩里親さんに助けていただいた。この2年にはじめて里子を委託された里親さんはいったいどうしているのだろう、と心底思った。
 そういう方々の助けになりたい。そう思った。

 だが、里子の生い立ちはあまりにもさまざまだ。力になれるかわからない。
 だから、せめて過去の自分に伝えるつもりで、「こういうときはこうすればいい」「こうしたらよかったよ」という記事を書こうとした。
 書いてみたら、まだ私にはそんなものすらないことに気付いた。

 今、具体的に読者の姿が見えない私が毎日書くのは、「未来の自分」に対してが大きい。
 未来の私に記録を残したい
 そこに何か養育する手掛かりがあるかもしれない。
 毎日が慌ただしく、書き残さないと記憶がすぐおぼろげになる。そんなとき参考になる何かを残しておきたい。
 そのため、1つの記事に1つのテーマで書いたほうがよいと思ってもさまざまなことを詰め込んでしまいがちだ。あれも残しておきたい、これも残しておきたい、とバラバラとした内容になってしまう。個人情報保護もあるため、ぼやかしている部分もあるが未来の私にはわかるように記している。
 とても自分本位の記事だ。

 書くことで客観的になれることは、大きな発見だった。
 荒々しい感情をぶつけてくる里子ノコ(娘小4)に振り回されることが書くことで減ったように思う。
 書く際にノコとのやりとりを振り返ることで、ノコの気持ちが言葉そのままでないことに気付くことも増えた。その感情の根っこを探ることが増えた。
 noteがいつまで毎日投稿できるかはわからない。日々綱渡りだ。
 毎日たった1時間だが、子育てのなか、頭がハッキリして文章が書ける状態の1時間の捻出は結構大変だ。
 ただ76回投稿してみて、私自身によいことが増えてきているのは事実だ。

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