心は小さな子どもでも、体は待ってくれないのだから。
#20230924-240
2023年9月24日(日)
「ママママ、ママママ、公園行ってきてもいい?」
平日ならともかく、休日の公園にノコ(娘小4)の友だちは滅多に来ない。1人遊びを黙々とするタイプではないので、誰もいなければすぐ帰ってくるだろう。
「5時になったらぁ?」
「すぐ帰る!」
そう返すと、ノコは外へ飛び出していった。
16時半過ぎにむーくん(夫)が仕事から帰宅。
ノコはまだ帰ってこないし、公園から子どもの声もしない。むーくんから空の弁当箱を受け取りながら尋ねた。
「ノコさん、公園にいるはずなんだけど見なかった?」
「ちっちゃい子と遊んでたぞ」
同じくらいの年ごろの子と遊んでいる場合は、賑やかな声があがる。静かなのは小さい子と遊んでいるからだったのか。
小さい子なら親も一緒だろうか。休日の親子タイムに割り込んでないだろうか。
「親御さんは?」
「父親がいたけど、スマートフォン見てたから、ノコが相手してくれてちょうどいいんじゃねぇか」
ノコだって子どもだ。その小さい子がノコのせいでなくとも転んだり、遊具で怪我する可能性もある。スマホに目をやりながらもちゃんと見ていてくれればいいのだが。
公園を覗くと、若そうな父親のすぐ前でノコと小さな子が遊んでいるのが見えた。
ノコが1人で行けるのは、隣の公園だけだ。
小学4年生。よその家庭はよその家庭とはいえ、ほかの子たちはもっと行動範囲が広い。我が家なら隣が公園なのですぐ様子を窺えるが、大抵の親は子どもが外で何をしているのか知る術はない。子どもを信じると同時に我が子を手中に収めることを諦めなければならない。
心配したって、きりがない。
そして、その心配はときに子どもの自立を邪魔するのかもしれない。
17時になり、帰宅を促す音楽が聞こえてきた。「お家に帰りましょう」とアナウンスが重なる。
公園にも時計がある。少しズレていることもあるので、私は帰宅時刻になったことを意識しつつもインターホンが鳴るのを待つ。
5分が過ぎ、10分が過ぎ……さすがにすぐ隣の公園だ。15分は待てない。
玄関ドアを開け、ノコの姿を探す。
いつのまにかノコは遊び相手を小さい子からその父親へ変更したらしく、嬉しそうにじゃれついている。そして、ぎゅうとその父親の腹部に抱きついた。
……あぁ。
知らない父親だ。私にとって見たくない光景だった。
「ノコさーん、5時過ぎました! 5時15分だよ!」
私の声にノコが慌ててその父親から身をはがし、振り返ることもなく玄関まで走ってきた。一度の声掛けで帰ってきたことは喜ばしいが、遊んでもらった相手に「バイバイ」の一言もないのか、とも思ってしまう。
「放送も流れたし、時計もちゃんと見てね」
「聞こえなかった!」
ノコはちゃちゃっと手を洗いとうがいを済ませる。自分が見知らぬ男性に抱きついたという意識はないようだ。
どう伝えよう。いつ伝えよう。
時間を置けば、ノコは忘れてしまうだろう。今でさえ無意識で覚えていないかもしれない。
私は立ち膝をつき、ノコと目を合わせた。
「ノコさん。よそのパパに抱きつくのはいけない」
ノコが首を傾げて、へらりと笑う。
「あれは家族同士の距離だ。あのパパはあなたの家族ではない」
唇がへの字にゆがんでいく。もっと落ち着いているときに、さりげなく伝えるべきだっただろうか。でも、もう話しはじめてしまった。
「ノコさん、遊んでもらって楽しかったのはわかる。嬉しかったのはわかる」
いつもより低めの声が出た。私はノコの両手を掴む。
「でも、あなたはもう幼稚園児じゃないの。女の子からだんだん女の人の体になってきているの。それは自分でもわかっているでしょ?」
4年生にしては小柄なノコだが、少しずつ第二次性徴がはじまっている。同じクラスの女子にはブラジャーをつけている子もいるし、いつはじまっても困らないようランドセルに生理用品を備えている子もいる。ノコだって自分の体の変化に気付いている。
「あなたはそのつもりがなくても、あなたの体は大人の女の人になってきているの。大人の女の人は、知らないよその男の人に抱きつくかな?」
どういえば、ノコのふるまいが危険でもあることが伝わるだろうか。あまり怖がらせてもいけない。でも、自分の体を守るためには、自分のふるまいが何を呼び寄せるのかも自覚してほしい。
「心はまだ小さい女の子かもしれない。でも、体は待ってくれないの」
はっきりとゆるがない口調は、ときにノコに強い言い方だと嫌がられ、非難される。だが、今日のノコは私の手を振り払わなければ、睨みもしなかった。
ただじっと私の目を見ていた。
「よく考えてね」
そういって、私はノコの手を離して立ち上がると、その形のよい額をつるりと撫でた。
不機嫌な顔をしてないということは、私の真剣さが少しは通じたのだろうか。
すぐ人との適切な距離を取れるとは思わない。
でも、ほんのちょっぴりでも私の言葉がノコの心に残ってほしい。
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