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ちっちゃな王子さま(超意訳版『星の王子さま』) vol.12

ⅩⅧ

 それからあの子は、広い広い砂漠をさまよった。さんざんさまよって、出会ったのはたったひとつの花だけ。「あの花」とはぜんぜんちがって、ちいさな花びらが3枚あるだけのちっぽけな花だ。
「こんにちは」
 王子さまが声をかけると、花も「こんにちは」と答えた。
「人間たちって、どこにいるんですか?」
 ちっちゃな王子さまにたずねられて、花は、いつだったか物売りのキャラバンが近くを通りかかったことがあるのを思い出した。
「人間たち? ああ、たぶん、6,7人はいると思いますよ。何年か前に見かけたことがありますから。でも、どこで会えるかはわかりませんねぇ。彼らは風に流されちゃうんですよ、根っこがないから。ずいぶん不便ですよねぇ」
「ありがとう、さようなら」
 そう言って、王子さまは歩き出した。
「ええ、さようなら」
 花が答えた。

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ⅩⅨ

 王子さまは高い山を見つけて、登ってみることにした。それまであの子が知っている山と言ったら、あの子のひざくらいまでの高さしかない3つの火山だけだった。そのうちのひとつ、今は噴火していない火山を腰かけ代わりに使っていたくらいだ。
 だから、その山を見つけたとき、王子さまはこんなふうに思った。
(こんなに高い山に登ったら、きっとこの星の全体、住んでいる人間のぜんぶを、いちどに見渡せるにちがいないな……)
 ところがようやく登ってみても、見えたのはするどく研いだナイフのような、とがった岩がならんでいる景色だけだった。
「こんにちは〜!」
 王子さまは念のため、岩の方に向かって呼びかけてみた。
『こんにちは……こんにちは……こんにちは……』
 応えたのは、こだまだった。
「あなたは、だれですか〜?」
『あなたはだれですか?……あなたはだれですか?……あなたはだれですか?』
「ねぇ、ボクの友達になってよ! ボクはひとりぼっちなんだ」
『ボクはひとりぼっちなんだ……ボクはひとりぼっちなんだ……ボクはひとりぼっちなんだ……』
(まったく、なんておかしな星なんだ!)
 王子さまはがっかりして思った。
(どこもかしこもカラカラにかわいてて、トゲトゲしてて、塩っ辛い。それに、人間たちってやつは想像力がまるでない。ただ、人の言ったことをまるっきりくり返すだけじゃないか。……ああ、あの花がいる、ボクの星にもどれたら。そういえば彼女は、いつも真っ先に自分から話していたっけ……)

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ⅩⅩ

 そのあとも王子さまは砂や、岩や、雪の上をさまよい続けて、とうとう、一本の道を見つけた。そう、道っていうのはかならず、人間たちの住むところに通じているものだよね。
「こんにちは」
 たくさんの花がさきみだれる庭を見つけて、王子さまはあいさつをした。
『あら、こんにちは〜』
 あいさつを返した花たちを見て、王子さまはびっくり仰天してしまった。だって、そこにいたたくさんの花たち――そう、それはバラの花だった――の姿は、まるで、「あの花」にそっくりだったのだ。
「あ、あの、あなたたちは、いったいだれなんですか?」
 ドキドキしながら、王子さまはたずねた。
『あたしたちは、バラの花よ』
 バラたちは優雅に答えた。

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「ああ!」
 王子さまは言葉にならない声を上げて、それきり何も言えなくなってしまった……。
 とてもかなしいきもちだったんだ。だって、あの花は言ったじゃないか。あたしほどうつくしい花は、この宇宙に、あたししかないのよ、って。それなのにほら、ここにはまったく同じような花が、この庭だけでも五千はあるじゃないか!
(もしも彼女がこの庭を見たら、ひどく気まずい思いをするんだろうなぁ)
 王子さまはあの花のことを思い浮かべた。
(笑いものになりたくなくて、ひどくせきをくり返して、それから死んだふりをするかもしれない。そしたらボクは、助け起こしてあげるふりをしてやらなくちゃいけない。そうしないと、ボクを観念させてやろうと、本当に死んでしまうまでそうしているかもしれない……)
 それから王子さまは、こう思ったんだ。
(ボクは、ボクの星にこの世でたったひとつだけのあの花があるから、立派なんだと思ってた。だけど、ただのどこにでもあるバラが、ひとつあるだけだったんだ。あとはボクのひざまでの高さしかないちっぽけな3つの火山――ひとつは、たぶんいつまでも噴火しないままだ――こんなんじゃボクは、立派な王子さまだなんて言えやしないや……)
 何もかもが悲しくなって、草の上に寝転んで、あの子は泣いた。

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