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ちっちゃな王子さま(超意訳版『星の王子さま』) vol.5

 それからすぐに、ぼくは王子さまが言っていた「花」についてくわしく知ることになった。
 ちっちゃな王子さまの星にもともとあったのは花びらが一重だけのシンプルな花だけで、だれのじゃまになることもなくひっそりと咲いていた。朝に花を咲かせたと思ったら夜には枯れてしまう、ささやかな花たちだ。
 ところが、ある日どこからともなく種がひとつ飛んできて、王子さまの星で芽を出した。ちっちゃな王子さまは、他のどんな草の芽にも似ていないその芽を、注意深く見張ることにした。もしかしたらそれは、新種のバオバブかもしれないんだから。
 でもその芽は、ちいさな木くらいの大きさになるとそれ以上大きくなるのをやめて、花を咲かせる準備を始めたんだ。(ってことは、どうやらバオバブじゃないみたいだ。バオバブだったらでっかい木になるからね。)これまで見たことあるのとはぜんぜんちがう特別なつぼみができて、ちっちゃな王子さまはわくわくした。何か奇跡のようなできごとが起こるような予感がしていたんだ。
 ところがその花は、緑色の小部屋みたいなつぼみの内側でいつまでもお化粧をしているみたいに、なかなか外に出てこなかった。

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 花はつぼみの中で、着ていく花びらの色を熱心に選んでいたんだ。
 じっくりと時間をかけて着替えて、花びらをのしわをひとつずつていねいに伸ばしていく。
(……ヒナゲシの花みたいにしわくちゃのまんまで外に出るなんて、絶対にイヤ! )
 自分がどれほど美しいかよく知っている彼女は、その美しさが最高に輝く瞬間に登場してみせると、それだけを考えていたんだ。
 ああ、そのとおり!
 彼女はほんとうにほんとうに美しかった!
 そんなわけで、そのミステリアスなおめかしは、何日も何日も続いた。
 そうしてついに、ある朝、太陽が昇る時間にぴったりと合わせて、花は世界にその姿を現した!

 偉大な仕事をやり終えたその花は、気だるそうにあくびをしながらこう言ってみせた。
「ふわぁあ。まだちょっと眠いわ……あら、ごめんなさい……あたしったらまだ髪がみだれているわ……」
 ちっちゃな王子さまは、花のあまりの美しさに呆然としていた。そして、感激をおさえきれなくなって叫んだんだ。
「あなたは……あなたはなんて美しいんだ!」
「ええ、そうでしょう?」
 花は、おだやかに応えてみせた。
「あたしは、お日さまと同時に産まれたんだもの……」
 それを聞いた王子さまは(この花はあんまり謙虚な方じゃないな……)と思ったけど、でも確かに自分で言う通り、彼女がはっとするほど素敵なのは間違いなかった。
「ねぇ、ちょっと、思うんだけど、今は朝ごはんの時間よね?」
 そう言ってちらりと王子さまを見る。
「あなたはあたしのことを、考えてはくれないのかしら……」
 ちっちゃな王子さまはすっかり恥ずかしくなって、あわててきれいな水の入ったじょうろを持ってきて、花に捧げたんだ。

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 こんなふうにして、花は、うぬぼれと気分屋な性格でたびたび王子さまを悩ませることになった。
 たとえばある日、花がもっている四本のトゲについて話していたとき、花は王子さまにこんなことを言ったんだ。
「あたしはこのトゲで身を守っているのよ。だって、もしかしたらするどいつめをもつトラが、あたしを襲いに来るかもしれないじゃない!」
「ボクの星にトラなんていないよ。……それに、トラは草なんて食べないし」
「あたしは草なんかじゃないわ」
 花はぴしゃりと言い返した。

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「あ、ご、ごめんなさい……」
「別にあたしはトラのことなんてこわくないのよ。そんなことより、吹きつけてくる風が不愉快だわ……ねぇ、あなた、ついたてをもってないかしら?」
(吹きつける風が嫌だって? 植物だってのに、困ったもんだなぁ。ずいぶんと気難しいや)
「あと、夜にはガラスのカバーをかけてくださる? あなたのところってずいぶん寒いのね。きっと造りが悪いんだわ。あたしが来たところなんか……」
 そう言いかけて、花は途中で口をつぐんだ。彼女は種の中に入ってここに来たんだから、この星以外のことなんて何ひとつ知らないのだった。バレバレの嘘を言いかけてしまったことが恥ずかしくて、それをごまかすために、二、三度せきをしてみせた。
「……それで、ついたてはいつになったらもってきてくれるの?」
「探しに行こうかと思った時に、あなたが話しかけるから!」
 するとまたわざとらしくせきをして、王子さまを申し訳ない気持ちにさせようとするのだった。

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 こんな調子だったから、ちっちゃな王子さまは花のことを愛しく想っていたにもかかわらず、だんだんと彼女の気持ちをうたがうようになってしまったんだ。とるに足らない言葉を真に受けて、王子さまはどんどんみじめな気持ちになっていった。
「花の話すことを、言葉通りに受け取るべきじゃなかったんだ」
 あるとき、王子さまはぼくにそう打ち明けた。
「花は、議論する相手じゃないんだ。ただそばでながめたり、香りをかいだりしていればよかったんだ。ボクの花は、ただそこにいるだけでボクの星をいい香りで満たしてくれていたのに、ボクはそれがしあわせだってことに気づかなかったんだ。ボクをいらだたせたトラの話だって、ただ、そうだね、こわいよね、って言ってあげればよかったのに……」
 それから王子さまは、こうも言った。
「あのときのボクは、何にもわかっちゃいなかったんだよ! 言葉ではなくて、行動で判断するべきだったんだ。花はボクのために香ってくれたし、ボクの世界を照らし出してくれた。だからボクは逃げたりするべきじゃなかったんだ!
 花はアマノジャクなんだから、イジワルに見える言葉の裏にかくれたやさしさを、見抜いてあげるべきだったんだ!
 でも、あのころのボクは幼すぎて、愛するってことが何なのか、わかってなかったんだ」

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