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ちっちゃな王子さま(超意訳版『星の王子さま』) vol.7

 自分の星を離れた王子さまは、小惑星325と326、327、328、329、それから330の、あいだのあたりに来ていた。
 そこであの子は、こう思いついたんだ。
 これらの星をひとつひとつ訪れてみよう。そうしたら、これから自分がやるべきことが見つかるかもしれないし、なにか新しいことを学べるかもしれない。
 なにせ家を飛び出してきたばかりのあの子には今、行くあてもやることもなかったから。

 最初に訪れた星には、王様がひとり、住んでいた。王様はりっぱな白テンの毛皮と、高級そうな真っ赤な服を身につけていて、シンプルだけど威厳に満ちた玉座にどっかりと座っていた。

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「おお、お前は、わが臣民だな!」
 王子さまの姿を見つけると、王様は大きな声で言った。
(はじめて会ったのに、どうしてボクのことがわかるんだろう?)
 王子さまは不思議に思ったけど、それは簡単なことだった。王様にとっては、世界中のあらゆる人は、彼の臣民なんだ。王様にとっては、世界はとても単純だった。
「もっとよく見えるように、近う寄るがよい」
 やっと誰かのための王様になれたんで、王様は上機嫌で言った。
 ちっちゃな王子さまは座れるところを目で探したけれど、この星の端から端まで見事な白テンの毛皮のコートですっかりおおわれていて、座るに座れなかった。すっかりつかれていた王子さまは、思わずあくびをしちゃった。
「王の前であくびをするとは、礼儀に反しておる」
 王様は険しい顔で言った。
「それを禁止する!」
「我慢できないんです」
 ちっちゃな王子さまは困ったように答えた。
「長いこと旅して、ねむっていないもんだからつかれちゃって……」
「ふむ……よろしい、」
 王様は表情を崩して言った。
「お前に、あくびをすることを命じる。考えてみれば、もう何年も誰かがあくびをしているところなんて見ておらんからな。わが好奇心のためのあくびということにしよう。さあ、もう一度あくびをしたまえ。これは命令だぞ!」
「そんなふうに脅かされちゃったら……僕、もうできないです……」
 ちっちゃな王子さまは真っ赤になってうつむいた。
「うーむ!」
 王様はうなった。
「よし、では……では、余はお前に命じる。あるときはあくびをし、そしてあるときは……」
 言いながら口ごもってしまい、王様はいささかプライドを傷つけられたみたいだった。
 この王様、どんなときでも自分の権威が尊重されないと気がすまないんだ。反抗するものには我慢ならなかった。彼は絶対君主だったんだ。一方で、もともととても人のいい王様だったから、理不尽な命令は出さないようにしていたんだ。
 王様は日ごろからこう言っていた。
『もしも余が将軍に対して海鳥になれ、と命令したとして、そして将軍がそれに従わなかったとしたら、それは決して将軍が間違っているのではない。余の方が間違っておるのだ』
「あの、ボク、座ってもいいでしょうか?」
 ちっちゃな王子さまが遠慮がちにたずねた。
「うむ、お前に命じる。座りたまえ」
 王様は白テンの毛皮のすそを整えながら答えた。
 だけどちっちゃな王子さまは、不思議でたまらなかったんだ。この星はとてもちっぽけだ。この王様はいったい、何を統治しているのだろう?
「陛下、 陛下にご質問することを許していただけないでしょうか……」
「よし、お前に命じる、私に質問したまえ」
 王様は急いで言った。
「陛下……あなたは何を統治してるんですか?」
「すべてをだ」
 王様の答えはものすごくシンプルだった。
「すべてを?」
 王様は控えめな身振りで彼の星を、周囲の惑星達を、そして空に浮かぶ数々の星々を指し示してみせた。
「あれを、全部?」
 ちっちゃな王子さまは目を丸くした。
「あれを、全部だ」
 王様は静かにうなずいてみせる。
 そう、彼は絶対君主であるだけじゃなくて、普遍的君主なのだった。
「星たちはみんな、あなたに従うんですか?」
「もちろんだ。星たちだって余に従うとも。余は不服従を許さぬからな」
 王子さまは、彼のもつ絶大な権力に思いをはせて、ため息をついた。
 もしボクにもそんな権力があったら、わざわざいすを引っ張ってったりしなくても、一日のうちに44回どころか、72回でも、いや、100回でも200回でも夕陽が沈むのを見ることができるのに!
 そんなことを考えたら、見捨ててきたちっちゃな星のことを思い出しちゃって、あの子はちょっと哀しくなってしまった。だから、思い切って王様にその恩恵を願い出たんだ。
「あの、ボク、夕陽が沈むのを見たいんです……ボクのために、太陽に沈めと命令してくれませんか」
「ふむ……例えば、だ。もし余が将軍に、蝶々のように花から花へ飛べ、とか悲劇を書け、とか海鳥になれ、などと命令して、その将軍が与えられた命令を実行できなかったとして、彼と余と、間違っているのはどちらだと思うかね?」
「それは、あなたの方です」
 ちっちゃな王子さまは自信を持って答えた。
「その通りだ。その者ができることを要求すること、それが重要なのだ」
 王様はこう続けた。
「権力というものは、何よりも道理の上に成り立つものだ。もしお前がお前の民に、海に飛び込めと命令すれば、革命が起こる。余の命令が理にかなっているからこそ、余は命令する権利を持っておるのだ」
「……それで、ボクの夕陽の方は?」
 一度たずねた質問を決して忘れないちっちゃな王子さまは、話を戻した。
「うむ、もちろんお前は夕陽が沈むのを見ることができる。余が命令するからな。だが、余は条件が整うのを待つことにする。それが政治の知恵というものだ」
「それはいつのことなんです?」
 ちっちゃな王子さまはたずねた。
「うむ、ちょっと待っておれ!」
 王様はすぐに、分厚い暦をめくって答えた。
「うむ、それはだな。ええと……午後七時……うむ、午後七時四〇分頃だ! その頃には余の命令どおりになるのを見るだろう」
 ちっちゃな王子さまはあくびをした。彼は、ちっとも夕陽が見られなくてがっかりしたんだ。もうすっかり退屈していた。
「ここにいてもボク、することがありませんね」
 王子さまは王様にそう言った。
「ボク、もう行くことにしますよ!」
「いや、行ってはいかん!」
 やっと臣民ができたことをとても誇らしく思っていた王様はあわてて言った。
「行ってはいかん。お前を大臣にしてやるから!」
「大臣って、何の?」
「ええと……そう、法務大臣だ」
「ここには裁くような人が誰もいませんよ!」
「いや、わからぬぞ」
 王様は言う。
「余はまだわが王国をきちんと一周してみたことがないのだ。余はすっかり年取ってしまったというのに、ここには馬車を置くところがない。歩くのはひどくつかれるからな」
「でも、ボクはもう見てきましたよ!」
 ちっちゃな王子さまは、身を乗り出して、もう一度星の裏側にちらりと目をやってから言った。
「ここにはボクたちの他には誰もいないみたいだけど……」
「よし、それならお前は、お前自身を裁きなさい」
 王様は、真面目な顔をつくってそう言った。
「それは一番難しいことだ。他人を裁くことより、自分を裁くことの方がずっと難しい。しかしもし自分のことをうまく裁くことができれば、お前は本物の賢者になれるぞ」
「だけど、」
 すっかり飽きてしまった様子で、ちっちゃな王子さまは言う。
「ボクがボク自身を裁くことは、どこにいてもできます。ここに住まなくちゃいけないわけじゃない」
「うーむ!」
 王様はうなった。
「ああそうだ、確か、わが星のどこかに年老いたネズミがいたはずだぞ。夜中に足音を聞くからな。お前はその年寄りネズミを裁くといい。そして時々、死刑を宣告するのだ。その命はお前の裁き次第、ということだな。ああ、しかし節約のために毎回恩赦を与えてやらんといかんぞ。なにせ、一匹しかいないのだからな」
「あの、ボクは、死刑を宣告するのは好きじゃありません。本当にもう、ここを出発しようと思うんです」
「いや、ダメだ」
 王様は言う。
 ちっちゃな王子さまはすっかり準備を終えてしまっていたのだけれど、年老いた君主を傷つけたくなかったから、こう言ったんだ。
「もし陛下が、忠実に従わせることを望むのでしたら、陛下はボクに理にかなった命令をなさるはずですよね。例えばボクに、一分以内に出発するように命じるとか。その条件は整っていると思うんですけど……」
 王様が何も言わなかったから、王子さまは少しだけためらったけれど、やがてひとつため息をついて出発することにした。
「お前を私の大使に任命する!」
 王様は旅立つ王子さまの背中に向かって、急いで叫んだ。それはそれは威厳のある態度だった。
(大人って本当に変わってるなぁ)
 ちっちゃな王子さまは旅を続けながら、心の中でつぶやいたのだった。 




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