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ヱリ子さん思考日記2023年1月(ぶじに②)「再会とか雪とか楽しい」

【人面犬】
  朝、時たま「菊池君」とすれ違う。一号線の広い横断歩道を渡って、脇道に逸れたところで、会うときは会うし、会わないときは会わない犬だ。飼い主さんは二頭連れていて、犬種はわからないのだが両方ともやや長身男性とおぼしき飼い主さんの腰位置ほどもあるように見え、そのうちの一頭が「菊池君」なのだ。もはや一匹ではなく一頭と数えるほどに大きいように思っているのだが、わたしの脳はなんでもややオーバーに捉えるところがあるので(例えば小さい頃は大きな犬をロバだと信じていたり、思春期に「ベリーショートの子」を「スポーツ刈りの子」と認知していて閉口されたり)、腰位置ほどもあるだとか一頭だとか、これらの表現もオーバーであるのかもしれない。こちらも自転車に乗っているから、空間認知が感覚的に過ぎる状態になっている可能性もある。
 とにかく、そういう大きい犬に時たますれ違い、運がいいとそのうちの一頭、少し耳の後ろにふさふさの毛がある赤茶色の犬の中に「菊池君」がいる。「菊池君」が居るか居ないかは、わたしとその犬がすれ違う際の角度による。対角線上ですれ違うと、その子の横顔が強調され、比較的鼻先の短い面立ちであるとはいえ、「菊池君」はいない。しかし、真正面から出逢うと、そこには見事に「菊池君」が埋まっているのである。
  菊池君というのは、わたしが父親の転勤で千葉に居たころの小学校時代の同級生で、ほんとうは菊池君という名前ではないのだが、やはりWeb公開の日記ということで個人名は控えたく、便宜上「菊池君」と呼ぶことにする。「菊池君」は正三角形状に配されたやや小ぶりの端正な目鼻立ちをしていて、いつも少しだけ浮かない顔をしていた。大人しいけれど、肝心なところではちゃんと人を安心させる笑顔や言葉を向けてくれる子だったと思う。とは言っても、実はあまり直接話したこともないし、 特に印象に残るエピソードもない。菊池君から見たわたしも、恐らくそのような感じだろう。縁の薄い二人なのだ。だから、その犬と真正面からすれ違う絶妙な瞬間に、犬に埋まっている「菊池君」を見つけたこと、そしてそれ以上に、わたしが瞬時に「菊池君」を思い出せるほどに彼を認知していたことに、半ば感動した。こんなにも長い年月を経て、そしてこんなところで再会できるとは。犬というのは、みんなわりとあどけない表情をしているから、子どもらしい面立ちを想起させるのだろうが、知っている子の顔を見ることは稀だ。
  朝、「菊池君」にときたま遭遇するようになって、わたしはやはり旧知の同級生に意外な場所で会えることが嬉しく、今、菊池君との縁をじわじわ深めているところだ。だからもしも、同窓会などで本物の菊池君に会うことがあれば、「そんなにオジサンになってるの⁉」などと急に親しかった間柄でしか通用しないぶしつけな物言いで話しかけたりしてしまいそうで、距離感のおかしい変な女と思われること請け合いなので、本物の菊池君に会ってみたいとはあまり思わない。それでも、わたしは以前より確実に菊池君を好もしく思っていて愉しい。

【雪が降らない日には】
明日寒波で雪が降りそうだという噂になったのは、先週の火曜あたりだっただろうか。職場のボスと、「雪、降りますかね」というような話をしたと思う。わたしの方は、交通が乱れたら厄介だとか、子どもを自転車ではなく路線バスで送るのが大変だとかつまらないことばかり言っていたのだが、ボスの方は、
 「雪ってほら、わりと楽しいとか思っちゃって。犬じゃないんだけど。外が真っ白になるだけで、ちょっと凄いし。そんで、雪降った日にファミレスとかスポーツジムとかわざと行って、うわあ誰もいないと思って興奮したりとか。そういう日にサウナとあ温泉とか入ってあったまったりするのが好き。」
 と言うので、急にわたしも犬のようにちょっと楽しみになってしまった。ついでに言うと、この話を書くつもりではなかったのだが、「犬じゃないんだけど」というボスの言葉と「菊池君」への親しみがわたしの中で呼応して、手が書いているのだろうと思う。
 関西のほうでは火曜の夜から危険なほどの雪になっているらしく、心配しながらも明日は雪だ雪だと楽しみにしていたのだが、結局雪は降らずにただの極寒の一日となった。それでも、まだ私はボスの雪の日みたいに何か個人的な楽しみをしたくて、極寒の坂道でコンビニ肉まんをむしゃむしゃ食べてみた。玉ねぎの甘味がふうわりと冷たい空気に乗り、滋味溢れる餡のジューシーさと水太りした太もものような手応えのないふわふわの皮が、なんとも美味しい。コンビニってすごい。ここは先月の日記に書いたように、見知らぬ男性が鼻歌を歌い、わたしが「しょうけんがいむいん」とはっきり声に出すという奇行を楽しんだ坂道であり、今月は〝歩きひとり肉まん〟をやったのだから、これからはこの坂を「野生坂」と名付け、チョイ野生くらいで野生に還っても構わない場所にすることにした。家の中では同居人たちの迷惑も顧みず、オヤジギャグや独り言を頻発し、もはや人間ではなく「ニンゲン」という看板を掲げて動物園に展示されるべきそれなのだが、ちょっと小出しにできる場所が街の中にひとつあってもいいだろう。次は何をしようかなと思うと、とても楽しい。一応人目を忍んでいるかのような遊び心もあってそれもまた楽しいし、忍んだすえに誰かに「バレバレだぞ」とか思われるのも実はちょっと楽しい。 

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