笛宮ヱリ子~らくがきちょう

第十三回木山捷平短編賞受賞「骨とトマト」 第三回ことばと新人賞受賞「だ」ことばとVOl…

笛宮ヱリ子~らくがきちょう

第十三回木山捷平短編賞受賞「骨とトマト」 第三回ことばと新人賞受賞「だ」ことばとVOl4掲載 第二作「白い嘘」ことばとVOL7掲載 noteはらくがき帳として。 書き散らした文章の断片など。 たまに日記を書いています。 eriko.fuem〈アットマーク〉gmail.com

マガジン

  • 湘南エンタメ青春小説

    ときどき書いてきた湘南舞台のエンタメ青春連作を載せています。作者が珍しく、あまり生みの苦しみを感じずに、軽やかに書いてきたシリーズです。 このnoteの海に瓶を流すつもりで載せます。誰かに届きますように。祈りを込めて。

  • 分人創作エッセイ

    Twitterにつぶやくのが苦手なので、代わりに日常のエピソードから創作した文章を載せています。掌編小説ですが、わたしの中では日常に即しているため「エッセイ」としています。お楽しみいただけましたら嬉しいです。

最近の記事

二〇二三年 十二月三十一日 「物事のいろいろは微妙な意思のバランスで方向づけられてゆく」

 南房総に来ている。旅館からほど近い海岸沿いを、家人と歩く。Google Mapで見ると、今いる位置はわかるのだが、海岸線を指で上下になぞってみてもこの場所に名前はないらしい。駐車場を抜けて階段を上がると、たくさんの黒いテトラポットが墜落した星のように、どこか戯画的に集積しているさまが見えてくる。少し雲を浮かべた晴天の下には、鉛色を深く抱え込んだような群青色の外海がはるか向こうまで拡がり、地平線は白い靄でぼやけている。埠頭に向かう途中、コンクリートのブロックを嵌めこんだ斜面に

    • ヱリ子さん思考日記「樹海と母性、校長先生のお話について」

      8月某日、青木ヶ原樹海を散歩する。ちょうど森に関する小説も書いていたから、土の匂いや葉影の様子に目が行く。根っこが手足のように地面にとび出して這う様子は、真昼間の陽光の中ではおどろおどろしい趣もなく、森はどこまでも優しい。木の根がうねり高く浮き上がって自然の鳥居を作り、その陰に指先ほどのシメジのような由緒正しきキノコが凛と立っていたりすると、胸の中で襞がムズムズと嬉しくなる。 末井昭さんの著書『自殺』では、青木ヶ原樹海での自殺防止ボランティアさんのインタビューに触れている。

      • ヱリ子さん思考日記~2023年4月「思考の潮だまりと黄色い笑い袋」

         現実が目まぐるしく動くので、なかば上っ滑るように四月を過ごす。近年、東京の四月はすでに桜の季節ではない。葉桜のもと、大きな風船がぼああんと体に当たるようなまるい感覚の風を次第に孕みつつ、ぐいぐいと夏の気配を取り込んでゆく。私はジャケットやストールを脱いだり着たりしながら、海の波のように乱れくる天候をいつになくすいすいと泳いだ。一つ一つをじっくり反芻する暇もなく、今はたくさんの断片的なシーンが潮だまりの中に滞留した小石のように残っている。正確には小石か、あるいは貝殻か、あるい

        • らくがきヱリ子さん~『給餌』冒頭

          物心ついたときから、瞼を閉じると、わたしの目の裏はいつも青かった。漆黒の水に点々と青の絵具を落とし、やがて混じり合ってひっそりと青を裏に隠しているような、そんな青さだ。夜、狭い部屋に置いた二段ベッドで、わたしと兄は寝入りざまに目の裏に見えている風景についてよく話をした。兄はとても「寡黙な子」ということになっていて、父と母の前で声を発することはほとんど無かったけれど、わたしと二人きりになると左唇の端に泡を溜め、時にはそこから涎を垂らしながらよく喋った。兄妹の目の裏にはいつも、見

        二〇二三年 十二月三十一日 「物事のいろいろは微妙な意思のバランスで方向づけられてゆく」

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        • 湘南エンタメ青春小説
          2本
        • 分人創作エッセイ
          4本

        記事

          ヱリ子さん思考日記~2023年3月「異国の街に見る日本、敗者を生まない勝利」

           恐ろしく久しぶりに、海外の街に滞在していた。 国際便に搭乗し8時間のフライトを経て降り立った北米のその街では、わたしの耳を半分ほど透過してゆく異国の言語が飛び交い、雲海を放漫にちぎって空の低い位置に適度に撒いておいたような白雲がまばらに垂れ込め、遠景には間違いなく富士山を凌駕する列記としたマウンテンが連なっている。確かにそこは異国ではあるのだが、しかし、街を走る車のほとんどは日本車であり、街角に陣取るキッチンカーの多くが「Kurobuta Sausage」や「Japanes

          ヱリ子さん思考日記~2023年3月「異国の街に見る日本、敗者を生まない勝利」

          ヱリ子さん思考日記~2023年2月「いつか循環の中でバタつきパンを食べられたなら」

          【循環するひと、表現するひと】  「循環者」と「表現者」について水面下で考え続けている。作家大木芙紗子さんの「にんじん」(https://www.instagram.com/p/CokQugeh4co/)という掌編を読んでからだ。物語では、人参が苦手だった兄がスキー場の事故で死に、残された母はわざと大量に作った料理を腐らせて捨てる儀式に依存し、主人公の弟はヤクザの下っ端として親分たちの靴を舐め、その味から母の腐乱した料理を想起する。兄弟を育てている身としては条件反射的に重いも

          ヱリ子さん思考日記~2023年2月「いつか循環の中でバタつきパンを食べられたなら」

          そっと載せておく愛らしいエンタメ青春小説『西瓜』

          (15000字くらい)   さっきから、右脚の靴下がずり落ちてくる。つり革につかまったまま、私は脚をよじらせる。車内は通勤客や通学客の他に、海へ遊びに来た観光客もちらほら見える。かろうじて肩が触れ合わずに自分のスペースを確保できる程度の混雑で、屈んで靴下をなおすには、少々気を使う。 「俺さ、社会は得意だろ」 私の右隣でつり革を弄びながら話すのは、高島慎介だ。同じ小学校からこの中学へ入学した腐れ縁だ。 「何言ってるのよ。木島君にノート丸写しさせてもらってるくせにさ。あんた、

          そっと載せておく愛らしいエンタメ青春小説『西瓜』

          そっと載せておく愛らしいエンタメ青春小説~「MY FAVORITE SONG」

          (約15000字くらい)  物心ついた頃から、周期的に見る夢がある。俺は自転車に乗っている。乗っていると言っても俺は漕ぎ手ではなく、まだほんの四歳か五歳のガキとして母親の自転車の後方にちょんと乗っかっている。母親はピチリと体に張り付くようなTシャツを着て、俺に背中を向けている。寒くもなく海も穏やかで、多分うららかな陽気の中、自転車は弧を描いていくつものカーブを爽快に曲がってゆく。ガキの俺は視野が狭いのか、ほとんど風景は目に入ってこない。カーブを曲がるたび、母親の肩甲骨がそこだ

          そっと載せておく愛らしいエンタメ青春小説~「MY FAVORITE SONG」

          ヱリ子さん思考日記2023年1月(ぶじに②)「再会とか雪とか楽しい」

          【人面犬】   朝、時たま「菊池君」とすれ違う。一号線の広い横断歩道を渡って、脇道に逸れたところで、会うときは会うし、会わないときは会わない犬だ。飼い主さんは二頭連れていて、犬種はわからないのだが両方ともやや長身男性とおぼしき飼い主さんの腰位置ほどもあるように見え、そのうちの一頭が「菊池君」なのだ。もはや一匹ではなく一頭と数えるほどに大きいように思っているのだが、わたしの脳はなんでもややオーバーに捉えるところがあるので(例えば小さい頃は大きな犬をロバだと信じていたり、思春期に

          ヱリ子さん思考日記2023年1月(ぶじに②)「再会とか雪とか楽しい」

          ヱリ子さん思考日記2023年1月(たぶん①)「角を踏む女王」

          【角踏み】 新年。はつゆめ、なるものをあまり意識したこともなかったが、「初夢」という文字がSNSの中をいくつか駆け抜けてゆき、2023年の初夢を記憶したようだ。わたしは、体育館のような場所を何周もしている。そして、コーナーのところで「角」と思える位置らしい、壁よりも五十センチ程度内側に入った辺りを左足で確実に踏んでゆかねばならぬようだった。周回を重ねるごとに、わたしの「角踏み」は上達しているらしく、絶妙な地点でスッと左足の脛を伸ばしてスマートに踏む。その疾走のリズムと、達成感

          ヱリ子さん思考日記2023年1月(たぶん①)「角を踏む女王」

          分人創作エッセイ『笛宮に遭った』シリーズ~「整心院」

          (2400字程度)  中本は、取引のある漢方薬屋から買っておいた高麗人参の内服液を喉に流し込む。午後の施術が始まって15分。すでに客で膨れ上がった待合室から順繰りに中待合いに呼び、ひとりひとりをさばいてゆかねばならない。客によっては、少し話を聞いてやる程度ですんなりと処置できるが、やはり日に2,3人は泣き喚く中、力づくで吐き出させざるを得ないようなひどくてこずる客が来る。木曜の午後ともなれば中本も疲弊してきて、強壮ドリンクの類はいよいよ欠かせない。  この整心院を開院して、三

          分人創作エッセイ『笛宮に遭った』シリーズ~「整心院」

          ヱリ子さん思考日記 2022年12月「野生の匂い、サンタはきっといる」

          【アジアの都会 12月某日】  所用で渋谷に出かける。夕方だがもう陽が落ちていて、道玄坂は濃いネオンに囲まれ、夜用の顔に切り替えた人たちが全方向から別の全方向へと無作為に移動している。Addidas本店に差し掛かる瞬間、アスファルトの底からアジアの都会の匂いが立ち上ってくる。何と言えばいいのか、獣じみたムッとする湯気の匂いと車の排気の匂いが、むらのある濃淡で漂ってくると、「ああ、これはアジアの都会だ」とわたしはいつも思う。ハノイも、バンコクも、道路がこんな風に匂う。たぶん、東

          ヱリ子さん思考日記 2022年12月「野生の匂い、サンタはきっといる」

          分人創作エッセイ『笛宮に遭った』シリーズ~「ひつじ折り師」

          (約1800字)  三角形の右側を線の位置に合わせて上に折り、折り目をつける。もう一度開いて右の角を内側へ入れ込むように折ってから、右に倒す。左も同じように折り、左右対称にする。これはひつじの耳になる。細く整えた紙の先が、指先で寸分の狂いもなく目的どおりの鋭角を作るとき、斗真はいつも恍惚となる。顎骨にあたる部分を中折れにすれば、ひつじは完成する。これまでに、きっと数千匹は折っている。いや、ひょっとすると、数万匹の単位に及んでいるかもしれない。四畳半ほどのこの部屋には、空っぽに

          分人創作エッセイ『笛宮に遭った』シリーズ~「ひつじ折り師」

          分人創作エッセイ『笛宮に遭った』シリーズ~フラミンゴの憂鬱

           今日は、ヱリ子ちゃんの件で。ええ、よく覚えていますよ。あんな可哀想なことになったんだから、忘れられるわけないじゃないですか。あ、私もいいんですか、ごめんなさい、じゃあ珈琲で、ええアイスで。こういうのって経費で落ちるんですね。まあ、タウン誌の記者さんなら、そりゃそうか。  お教室でも、別に親しかったってわけじゃないんですよ。あのバレエ教室は、半分くらいはA学園の初等部の子たちで固まってましたからね、もともと地元の公立小学校の子はちょっと肩身が狭い雰囲気ではあったんだと思います

          分人創作エッセイ『笛宮に遭った』シリーズ~フラミンゴの憂鬱

          ヱリ子さん日記11月の思考「行動と名前、ケーブルカーの記憶」

          【言葉に感動しないひと~息子自慢で失礼します~】 太田泰久さんのODD ZINEに載せてもらったとき、小6の長男に私の掌編「私と、《特》と。」を読んでもらった。 「え?これで終わりなの?」 「そうだよ。どう思う?」 「ん~、なんか。すっごく何か感じさせたいんだろうなあっていうのはわかったけど、俺、何も感じない」 と長男は言う。その言い草がさもこの子らしいので、私は笑ってしまった。長男は元来、純文学成分がうすい子だ。私に似た人は私の血縁には誰もいないし、分かり合えないのには慣れ

          ヱリ子さん日記11月の思考「行動と名前、ケーブルカーの記憶」

          ヱリ子さん日記2022年10月「東京と風土、しゃぶしゃぶのマナー」

          「Identification」 10月某夜  夢を見た。私は東京の小さな事務所で、ドイツ国内での土地所有者の登記をしているらしかった。複数の国々が国境線をできるだけ遠く遠くへ引こうとした結果、今は領土の所有権が危うい情勢に入っているらしく、改めて所有者を明示するために登記が流行している。その混乱に便乗して、日本の富裕層たちがドイツ国内の土地を入手し、今、私が登記の手続きをしている。というのが夢の中の設定らしい。眠っている私はなぜかそのような背景をすでによく踏まえていて、ネッ

          ヱリ子さん日記2022年10月「東京と風土、しゃぶしゃぶのマナー」