手紙

拝啓
寒くなってきましたね。こちらは実家の福島なんかよりよっぽど暖かいのに、もうこの関東の温暖さにすっかり慣れてしまいました。悲しいです。例えば、こちらに来てからというもの、私は常に神経を尖らせながら、恐怖と不安の中で思考を巡らせて生活しており、あちらにいた頃のような穏やかさや配慮を忘れてしまい、自己中心的になってしまったようにも感じていて。もしくはあちらにいた頃よりも思考をやめ、ただ呼吸を続けることだけが得意になってしまったような気もします。自分でもそれをわかっているゆえに、悲しいのです。努力とすり減らすこと、平穏と怠惰、すべての判断や境目が曖昧になってしまった今、どう生きていくのが正しいのかすらわからなくなっていて、人々が一日いちにちを毎日として途方もなく積み重ねていく様があまりにも尊く、そして例えばそれが砂糖菓子であるとも知らずに金平糖を見た人のように、綺麗だ、と呟くことしかできないでいるのです。あちらにいた頃のあなたは、白昼、渋谷を歩く時、何について思いを巡らせていようと考えていましたか。どうにも、今の私はそれすら思い出せずにいるのです。それでいて、時代は平成から令和になったのに、私は何も変われないままなのです。たくさんの人をみると、その一人ひとりがはかりきれなくて吐きそうになったりするのは、むしろ昔よりも酷くなっています。ただ、昔の「何かをしたい」という欲望にだけ変化があって、今は「何かをしなければならない」と勝手に焦燥を覚えています。きっと他者に一方的に傷つけられているように感じていながら、知らぬ間に誰かを傷つけたりもしているのでしょう。私には何ができるのですか。私は私でいることができていますか。
敬具

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