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はじめに

 もともと3歳からピアノをはじめ、30歳近くまでずっと続けていたが、書類を作成する仕事になり、毎日書字を続ける時間の多さからか、右手に書痙のような症状が出始め、ピアノ演奏にも影響をするようになった。一番最初に感じた異変は演奏中、右手の薬指があがりずらいという感じで、その後は、人差し指が巻き込まれてしまうという症状も伴うようになった。
 仕事や大学院に行ったりするようにもなり、そちらに割く時間が増え、もともとはピアノ演奏が好きだったため、それを仕事にしたいと思った時期もあったものの、自身の才能や人前で弾くときの緊張感など鑑みると、あまり現実的ではないという判断も働き、ピアノ演奏の時間は極端に減っていった。
 作業療法士として高齢者の施設に勤めていたとき、たまたま作業療法室にピアノが寄贈され、音楽療法的なことができるのではないかと思い、ピアノ演奏を再開したところ、全指が巻き込まれてしまうような感じで、全く弾くことができなくなっていた。その時どのように練習を続けたのかよく覚えていないのだが、最初に弾けるようになったのがベートーヴェンの「月光」だった。その後は、入居者の皆さんと一緒に歌う曲などの練習をしたりしていたが、フォーカルジストニア症状の出方で、弾きやすい日、弾きずらい日などがあったように思う。
 それから10年経ち、ふたたびピアノ演奏をしようとしているのが今である。職場や住まいが変わったりしコロナ禍だったこともあり、少し時間ができたことがある。今にして思うと、1/4世紀、真剣に取り組んできたことをふたたび取り戻したい思いもあった。思い切って近所のピアノ教室の門をたたいてみることにした。
 いざ弾いてみると、ベートーヴェンの「月光」は弾くことができた。ちょうどピアノ教室で発表会をするというので、弾かせてもらった。門下生の人たちのまえで弾くのだが、ショックだったのは、緊張すると、親指が勝手に曲がってしまうという症状が演奏を阻害しかねないほどに表れてしまうということだった。ずっと弾いていなこともあり、両手の薬指、小指の力がでないのは継続的に弾くことでなんとかなりそうな気もしたが、親指が勝手に曲がってしまうという症状は自分の意志のコントロールの範疇外のため、何か先に明るさが見えない感じがした。
  ただこの時点では以前の症状がやはり残っていたという思いはあったが、「フォーカルジストニア」と判断はしていなかった。とにかく久しぶりの演奏だったので、全体的な筋力低下があり、練習しだいで改善する部分があるはずなので、それによって補えると思っていた。高齢者施設で演奏を再開した際にはそうだったはずだと思った。
 2曲目として、ショパンの「別れの曲」を選曲した。いろいろ考えて、現状の右手にとって苦手な動きが多いため、辛ささえ乗り越えられるなら、リハビリの効果は大きいと思ったのだ。しかしいざ弾き始めると、親指の曲がりは一向に改善することもなく、手や腕の痛みが増すばかりで、このままでは演奏技術としては向上はおろか悪化すると思った。ここで立ち止まり、あらためて、「親指が勝手に曲がる」症状について原因と対策を再考しなおす必要に迫られ、「フォーカルジストニア」を疑ったのだ。
 治療方法としては、ポツリヌス療法、定位脳手術、リハビリテーション、鍼灸等があったが、侵襲性が少なく、異常な筋緊張が緩和されそうな方法、また、繊細な音色が楽に出せるようになることが目標となるので、そうした演奏家の気持ちに寄り添ってもらえそうなところということで、演奏経験者が実施している鍼灸治療を選んでみることにした。
  治療法についての文献(例えば):
  ・田邉浩文他2019「フォーカルジストニアの軟部組織に対するアプローチの実践」作業療法38‐4:505‐510
   https://doi.org/10.32178/jotr.38.4_505
  ・中野研也2016「演奏家のジストニアの実践的対処法に関する考察 -演奏者の視点から-」仁愛大学研究紀要7:117-125 
  http://hdl.handle.net/10461/28069
 1週間前に1回目の鍼治療を受けた。この間1週間、演奏時の親指の曲がりはあるのだが、それが演奏を阻害する感じがないので(鍵盤の打鍵が必要なときには戻ってくる)、無理をする感じがなくなった。またピアノのレッスン時にも、筋緊張を抜くことを意識するよう指導を頂くようになったりし、自分のなかで、無理な力を入れないように弾くことを意識するようになった。1時間「別れの曲」弾き続けても筋疲労を感じることがなくなった。
 鍼治療を続けることにしてみたので、その様子や演奏時のことなどを書き綴っていくことにしたい。

カチコチじゃぁ~と練習すればよいものではないと悟った演奏

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