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旧司法試験 民法 昭和45年度 第2問__

問題

 甲工場は毒性を薄めた廃液を河川に流していたが、周囲に被害を与えていなかった。その後、附近に乙工場が新たにできて同程度の毒性をもつ廃液を流しはじめ、両工場の廃液が合してその附近の水質に強度の毒性を生じていた。この附近で遊んでいた五歳の女子Aが、防護さくをくぐって遊んでいるうちに河川に転落し、重い皮ふ病にかかり、容ぼうに重大な傷害を生じた。Aは母親Bの洗濯していたすきに遊びに出たものである。この場合、
1 甲乙工場には、どのような責任があるか。
2 Aの父C(Bの内縁の夫)は、慰藉料の請求ができるか。

関連条文

民法
709条(第3編 債権 第5章 不法行為):不法行為による損害賠償
710条(第3編 債権 第5章 不法行為):財産以外の損害の賠償
711条(第3編 債権 第5章 不法行為):近親者に対する損害の賠償
719条1項前段(第3編 債権 第5章 不法行為):共同不法行為者の責任
722条2項(第3編 債権 第5章 不法行為):過失相殺

一言で何の問題か

共同不法行為、過失相殺、近親者の精神的損害

答案の筋

1 甲工場と乙工場の廃液により強度の毒性が生じており、客観的に両者の行為が共同しているといえるため、甲乙工場には共同不法行為が成立する。一方、ABは親子関係にあり、両者は身分上、生活関係上一体をなすと見られるような関係にあり、Bは被害者側に含まれるため、BはAの監督を怠っていたという過失から、甲乙側による過失相殺の主張が認められる。よって、甲乙工場は、損害の全額から、Bの過失を考慮して減額した額につき賠償責任を負う。
2 Aは容ぼうに重大な傷害を生じており、女性が社会生活を営む上で容ぼうは極めて重要であるところ、CはAの父であり、Bの内縁の夫であるから、身分上、生活関係上一体をなす関係にあり、711所定の者と実質的に同視しうべき身分関係が存する。そうだとすれば、Cにとっても極めて強度の精神的損害を受けると言わざるを得ないから、自己が被った精神的損害につき慰謝料請求が認められる。

答案構成

1 設問1
(1)ア 甲乙工場それぞれの行為とAの傷害との因果関係の存否が不明
  →共同不法行為としてそれぞれ全額の損害賠償責任?
イ 719条の趣旨:各人の行為が個別であることを理由とする免責を許さない
共同行為と権利侵害とに因果関係があれば個別行為との因果関係は不要

(2)ア 「共同」の意味
  →被害者救済のため
   →緩やかに解すべき
    →主観的関連共同までは要せず客観的関連共同で足りる
イ 当てはめ
ウ 「共同」:○
  ∴甲乙工場には共同不法行為成立
(3)ア 過失相殺による減額を主張
イ 趣旨:損害の公平な分担
被害者側としては、本人と身分上、生活関係上一体をなす関係者は含める
ウ 当てはめ
エ 過失相殺:○
(4) 甲乙工場はBの過失を考慮して減額した額につき全額の賠償責任

2 設問2に

(1)ア 自己が被った精神的損害について慰謝料請求
イ 711条:父(内縁の夫)は含まれるか
 「他人の生命を侵害」
にAの傷害が含まれるか
ウ 同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係が存し,被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は含むべき
意義:行為と損害との間の因果関係の立証を軽減
 →死亡と比肩する精神的損害を受けた場合は慰謝料請求を認めるべき

エ 当てはめ
(2) Cの請求:○

答 案

1 設問1について
(1)ア 甲乙工場は、それぞれ毒性を持つ廃液を河川に流し、それによりAに重大な傷害が生じている。もっとも、両工場の毒が合して水質に強度の毒性の生じた本件では、それぞれの工場の行為とAの傷害との因果関係の存否が必ずしも明らかでない
 そこで、甲乙の行為が共同不法行為(719条1項前段)にあたり、それぞれ全額の損害賠償責任を負うといえないか。

イ この点、共同不法行為の成立のためには、各人の行為と権利侵害との間に個別に因果関係がある必要があるとする見解がある。もっとも、各人の行為が個別であることを理由とする免責を許さないという同条項の趣旨を重視すべきである。
 そうだとすれば、共同行為と権利侵害との間に因果関係があれば、個別行為との因果関係は不要である。

そして、本件では、甲乙工場の毒が合わさって、Aの傷害が生じたことは明らかである。

(2)ア 次に、「共同」の意味が問題となるも、被害者救済のため、共同行為者がまとめて責任を負うこととした同条の意義からすれば、緩やかに解すべきである。すなわち、主観的関連共同までは要せず客観的関連共同で足りる

イ 本件では、甲工場の廃液と乙工場の廃液が同一の河川に流れ込み、それにより水質に強度の毒性が生じている。そうだとすれば、客観的に両者の行為が共同しているといえる。
ウ よって、客観的関連共同が認められ、「共同」といえる。このため、甲乙工場には共同不法行為が成立する。
(3)ア 一方、甲乙工場としては、母親Bが洗濯をしてAから目を離したという過失の存在を主張して、過失相殺(722条2項)による減額を主張すると思われる。では、親であるBの過失を考慮することは許されるか。

イ ここで、過失相殺制度の趣旨は、損害の公平な分担にあるから、損害を加害者側に負わせるより被害者側に負わせる方が公平に資するといえる場合には、過失相殺の主張を認めるべきである。
 また、被害者側としては、本人と身分上、生活関係上一体をなすと見られるような関係にある者は含められると考えるべきである。

ウ 本件では、Aが本来越えてはならない防護柵をくぐって遊んでいたがために河川に転落したこと、及びそのAを監督すべきBはこの間、洗濯をしており監督を怠っていたという過失が認められる。
 また、ABは親子関係にあり、両者は身分上、生活関係上一体をなすと見られるような関係にある。
エ よって、過失相殺の主張が認められる。
(4) 以上より、甲乙工場は、損害の全額から、Bの過失を考慮して減額した額につき、その全額の賠償責任を負う

2設問2について

(1)ア Cは、内縁の妻Bの娘であるAが重大な傷害を負ったことにより、自己が被った精神的損害について、慰謝料を請求するものと思われる。

イ ここで、精神的損害の賠償について規定する711条は、「被害者の父母」にその主体を限っており、父(内縁の夫)はこれに含まれないと考えられる。

 また、同条は「他人の生命を侵害した者」に責任を負う者を限っているが、甲乙工場はAに傷害を負わせたに過ぎない。

ウ この点、同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係が存し,被害者の死亡により甚大な精神的苦痛を受けた者は,同条の類推適用により加害者に対し直接に固有の慰藉料を請求しうるものと解するのが相当である。
 また、同条の意義は、行為と損害との間の因果関係の立証を軽減した点にあるにすぎず、それ以外の場合に709条・710条により賠償請求することを否定したものでは無い。このため、死亡と比肩する精神的損害を受けた場合は慰謝料請求を認めるべきである。

エ 本件において、CはAの父であり、Bの内縁の夫であるから、身分上、生活関係上一体をなす関係にあるため、同条所定の者と実質的に同視しうべき身分関係が存する。
 また、Aは容ぼうに重大な傷害を生じており、女性が社会生活を営む上で容ぼうは極めて重要である。そうだとすれば、Aと実際に共同生活を行い、実質的生活関係にある者であれば、かかるAに重大な不利益が生じたことにより、極めて強度の精神的損害を受けると言わざるを得ない。
(2) 以上より、Cの上記請求は認められる。
以上

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