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司法試験予備試験 刑法 令和2年度


問題

以下の事例に基づき、甲の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

1 甲(28歳、男性、身長165センチメートル、体重60キログラム)は、2年前に養子縁組によって氏を変更し、当該変更後の氏名(以下「変更後の氏名」という。)を用いて暴力団X組組員として活動を始めた。甲は、自営していた人材派遣業や日常生活においては、専ら当該変更前の氏名(以下「変更前の氏名」という。)を用いていた。
2 甲は、X組と抗争中の暴力団Y組の組長乙を襲撃する計画を立てていたところ、乙が、交際中のA宅に足繁く通っているとの情報を入手した。甲は、A宅を監視する目的で、A宅の向かいにあるB所有のマンション居室(以下「本件居室」という。)を借りるため、某月1日、Bに会い、「部屋を借りたい。」と申し込んだ。Bは、暴力団員やその関係者とは本件居室の賃貸借契約を締結する意思はなく、準備していた賃貸借契約書にも「賃借人は暴力団員又はその関係者ではなく、本物件を暴力団と関係する活動に使いません。賃借人が以上に反した場合、何らの催告も要せずして本契約を解除することに同意します。」との条項(以下「本件条項」という。)を設けていた。Bは、甲に対し、本件条項の内容を説明した上、身分や資力を証明する書類の提示のほか、家賃の引落しで使用する口座の指定を求めた。
 甲は、自己がX組組員であり、A宅を監視する目的で本件居室を使用する予定である旨告げれば、前記契約の締結ができないと考え、Bに対し、X組組員であることは告げず、その目的を秘しつつ本件居室を人材派遣業の事務所として使用する予定である旨告げた。甲は、Bに変更後の氏名を名乗れば、暴力団員であることが発覚する可能性があると考え、Bに対し、変更前の氏名を名乗った上、養子縁組前に取得し、氏名欄に変更前の氏名が記載された正規の有効な自動車運転免許証を示した。また、甲は、養子縁組前に開設し、口座名義を変更していない預金口座の通帳に十分な残高が記帳されていたため、Bに対し、同通帳を示し、同口座を家賃の引落しで使用する口座として指定した。甲は、同日、前記契約書の賃借人欄に現住所及び変更前の氏名を記入した上、その認印を押し、同契約書をBに渡した。Bは、甲が暴力団員やその関係者でなく、本件居室を暴力団と関係する活動に使うつもりもない旨誤信し、甲との間で上記契約を締結した。この際、甲には家賃等必要な費用を支払う意思も資力もあった。なお、前記マンションが所在する某県では、暴力団排除の観点から、不動産賃貸借契約には本件条項を設けることが推奨されていた。また、実際にも、同県の不動産賃貸借契約においては、暴力団員又はその関係者が不動産を賃借して居住することによりその資産価値が低下するのを避けたいとの賃貸人側の意向も踏まえ、本件条項が設けられるのが一般的であった。
3 乙の警護役であるY組組員の丙(20歳、男性、身長180センチメートル、体重85キログラム)は、同月9日午前1時頃、A宅前路上に停めた自動車に乗り、A宅にいた乙を待っていたところ、前記マンション敷地から同路上に出てきた甲を見掛けた。その際、丙は、甲のことを、風貌が甲と酷似する後輩の丁と勘違いし、甲に対し、「おい、こんな時間にどこに行くんだ。」と声を掛けた。これに対し、甲は、無言で上記路上から立ち去ろうとした。これを見た丙は、丁に無視されたと思い込み、同車から降りて甲を追い掛け、「無視すんなよ。こら。」と威圧的に言い、上記路上から約30メートル先の路上において、甲の前に立ち塞がった。丙は、その時、甲が丁でないことに気付くとともに、暴力団員風で見慣れない人物であったことから、その行動を不審に思い、乙に電話で報告しようと考え、着衣のポケットからスマートフォンを取り出した。他方、甲は、丙が取り出したものがスタンガン(高電圧によって相手にショックを与える護身具)であると勘違いし、それまでの丙の態度から、直ちにスタンガンで攻撃され、火傷を負わされたり、意識を失わされたりするのではないかと思い込み、同日午前1時3分頃、自己の身を守るため、丙に対し、とっさに拳でその顔面を1回殴ったところ、丙は、転倒して路面に頭部を強く打ち付け、急性硬膜下血腫の傷害を負い、そのまま意識を失った。なお、甲は、丙の態度を注視していれば、丙が取り出したものがスマートフォンであり、丙が直ちに自己に暴行を加える意思がないことを容易に認識することができた。
 甲は、同日午前1時4分頃、丙が身動きせず、意識を失っていることを認識したが、丙に対する怒りから、丙に対し、足でその腹部を3回蹴り、丙に加療約1週間を要する腹部打撲の傷害を負わせた。
 丙は、同日午前9時頃、搬送先の病院において、前記急性硬膜下血腫により死亡したが、甲の足蹴り行為により死期が早まることはなかった。

刑法
36条1項(第1編 総則 第7章 犯罪の不成立及び刑の減免):正当防衛
38条1項(第1編 総則 第7章 犯罪の不成立及び刑の減免):故意
45条(第1編 総則 第9章 併合罪):併合罪
54条1項(第1編 総則 第9章 併合罪):
    一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合の処理
159条1項(第2編 罪 第17章 文書偽造の罪):私文書偽造等
161条1項(第2編 罪 第17章 文書偽造の罪):偽造私文書等行使
204条(第2編 罪 第27章 傷害の罪):傷害
205条(第2編 罪 第27章 傷害の罪):傷害致死
211条(第2編 罪 第28章 過失傷害の罪):業務上過失致死傷等
246条2項(第2編 罪 第37章 詐欺及び恐喝の罪):詐欺

一言で何の問題か

詐欺、文書偽造、誤想防衛、正当防衛後の過剰な第二行為

つまづき、見落としポイント

誤想防衛下の暴行→傷害→致死、過失あるから(重)過失傷害→致死、どっち?
問題文中の「甲の足蹴り行為により死期が早まることはなかった。」は、第一行為で問題にするだけで良く、第二行為で考慮する必要はないことの示唆

答案の筋

故意責任の本質は、反規範的人格態度に対する道義的非難にあるところ、違法性阻却について誤信している場合、規範に直面できたとは言えないため、甲の主観を基準としては正当防衛が成立し、責任故意が阻却される結果、傷害致死罪は成立しない。もっとも、丙の態度を注視していれば、自己に暴行を加える意思がないことを容易に認識することができたため、急迫不正の侵害の認識に重大な過失があり、重過失致死罪が成立する。また、丙が身動きせず意識を失っていることを認識しつつ、怒りから暴行に及んでいることからすると、意思の継続性が認められないため、誤想過剰防衛には該当せず、別個の傷害罪が成立する。

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