何処までもやせたくて(93)

おかしいな。
恵梨にメールしたのは、4時すぎなのに、まだ返信がない。
時計を見ると、夜の10時近く。

しびれを切らして、ケータイに電話してみると、
「どうしたの?」
と、すっとぼけてるから、
「私のメール、見てないの?」

「ううん、見たけどさ…
聞きたいことがある、って言われても、私はあまり話したくないんだよね」

「話したくない、って、おかしいじゃない。
あんなに夢中だったのに、突然別れたい、なんて。
Eクンも、理由が全然わかんない、って、首ひねってたしさ」

「Eさんと話したんだね。
それなら……うん、いいじゃん、別に……」

あれ、たしかにEクンの言ってた通りだ。
恵梨、何か隠してる気がする。

「あのさ、何か隠してるでしょ。
あんたの性格、生まれたときからこっちは知ってるんだから」

黙り込む恵梨。
やっぱり、図星なんだ。
この調子で、なんとか聞き出さなきゃ。

でも、私が口を開こうとした瞬間、
「お姉ちゃんこそ、隠してたじゃない」
思いもよらない言葉が、強い語気で返ってきた。

「えっ!? ……」
今度は、私が黙り込む番。

「お姉ちゃんが聞きたい話、してもいいけど、誰にも言わない、って約束できる?
二人だけの秘密にしておく、って」

「……うん、いいけど」

約束しないわけにはいかない。

「だったら、言うけどさ。
お姉ちゃん、Eさんのこと、好きなんだよね」

どうして。
どうして、それがわかったの?
いや、恵梨の言ってること、ちょっと違う。
それを、ちゃんと説明しなきゃ。

「たしかに、高校のとき、ちょっと片想いしてたこともあったけど、今はなんとも思ってないから。
いや、最近は相談に乗ってもらったりして、すごく感謝してるけどさ。
恋愛感情とか、そういうのは全然だし、恵梨が気にすること、ないよ」

「ちょっと片想い、って……
ダイエットしたのも、Eさんのことがきっかけなんでしょ。
40キロになったら、告白する、とかさ」

そんなことまで、バレてるんだ。
でも、ちょっと待って。
誰にも言ってなかったことを、どうして恵梨が知ってるわけ?
日記には書いてたけど、あれは東京に持ってきたし。

あ、そういえば、もう一冊、食べた物とかをメモったりしてた手帳があって、あれにも、いろいろ書いてたっけ。
たしかあれ、実家に置いたままだ。
でも、見られたくないから、机の鍵のかかる引き出しにしまっておいたはず。

えっ!? まさか……

「もしかして、私の手帳、見た?
っていうか、見られるはずないんだけど」

「私だって、見るつもりなかったよ。
だけど、お母さんが……
最近、お姉ちゃんのこと、すっごく心配してるから、いろいろ気持ちとか知りたくなったみたいでさ。
業者の人に、引き出しの鍵あけてもらって、その手帳見つけて」

言葉が出ない。
思考もストップ。
そのかわり、全身がブルブル震えだす……
どうしよう、息が苦しくて、うまく呼吸できない。

それでも、
「ひどいよ……」
と、やっとの思いで言葉を絞り出したのに、
「たしかに、ひどいよ。
私だって、同じことされたら、腹立つと思うし。
でもね、お母さんも必死なんだって。
お姉ちゃんが、なんでこんな病気になったのか。
いつ死んでもおかしくない状態から、どうすれば救い出せるのか。
必死に考えての行動なんだから。
まあ、仕事柄、何か調べようとすると徹底的にやっちゃうところは、
問題あり、だけどさ」

そうだ。
あの人は、母親である前に、司法の世界で働く人間なんだよね。
いろいろ気に入らない私を、どうにかして罰するために、そうやって証拠集めしてるんだ。
そんなの、心配とは違うよ。

「でね、私もEさんとこのままつきあい続けるのって、なんか気まずいし、遠距離恋愛ってけっこう疲れるから、もういいかなって。
お姉ちゃんみたいに、病気になっちゃうほど好きだったわけでもないしさ。
私と別れたら、Eさんも今以上にサポートしてくれるはずだし、お姉ちゃんの病気もよくなるかもよ、って言ったら、お母さんも賛成してくれて」

何なの?
それだって、結局、憐れみでしかないじゃない。
元気なときは見向きもされず、病気になってやっと関心を持ってもらえた気の毒な姉に、妹が恋人を譲ってやろう、ってわけ?
バカにするのも、いいかげんにしてよ。

母への怒りが、妹への怒りに変わる。
ビリヤードの球みたいに、勢いよく向きを変えて。
でも、そのきっかけを作った母がやっぱり憎らしい。
いや、勝ち誇って余裕たっぷりの妹のほうが許せないや。

怒りの球がぐるぐる回って、頭のあちこちにぶつかるから、気が変になりそうだよ。

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