2084年(3)クレイジーSを着るために①

「スキニータウン」には数々のブランドショップがある。
どこも小さなサイズ中心だが、なかでも細身志向の強い女性たちの人気を集めているのが「クレイジーS」だ。
とはいえ、誰もが気軽に立ち寄れる店ではない。
住所も電話番号も非公開で、サイトを通じて入店を予約する形式。
デザイナーでもある女主人のほかには、事務や受付を担当する女性スタッフがひとりいるだけだ。
接客は女主人がひとりで行うため、入店できるのは1時間ごとにひとりずつと決められている。
冷やかしの客を避ける意味もあって、入店の条件も厳しい。
身長や体重、各パーツのサイズの記入や、全身写真の添付が義務付けられ、予約できた場合は前もって入店料を払う。
もっとも、これはきめ細かなサービスをするためでもある。
客が望めば、コーデや補正などの相談などにも乗ってくれるとあって、そこも人気の理由だ。

4月中旬の平日午前10時前、ひとりの少女がこの店にやって来た。
開店時刻は9時なので、この日ふたりめの客ということになる。
高2になったばかりだが、入店の予約ができたことで学校を休み、地元から夜行の高速バスで上京。
24時間営業のスパで身を清め、カフェでお茶するなどして、この時間を迎えた。

ふーっ、ようやくここまで来ることができた。
お年玉も全部貯金して、ダイエットも私なりに頑張ったんだもんね。
今日は自分へのご褒美のつもりで楽しもう!

憧れの店についに来たというワクワク感と緊張感、なお、今は後者のほうが上回っている。
自分がこの店にふさわしいかどうか、正直いって自信が持てず、じつは場違いなのではという不安も否めない。
少女にとって、この店の服は特別で、天使や妖精みたいに細くて可愛い人しか着てはいけないものなのではないか、というイメージすらあった。
ただ、細さについていえば、少女は学校の誰よりも痩せていて、地元では二度見されることもしばしば。
世界一細い女性が集まるこの「スキニータウン」の基準でも、かなりのレベルだ。
ちなみに(1)で紹介した、この地を行き交う女性たちの平均スペックと比べても――。
身長は平均より1センチ低い155だが、体重は27で、平均よりも10キロ近く少ない。
実際、この地でも今朝、何度か二度見されたほどだ。
可愛さについても、昨年秋の学園祭ではミスコンへの出場を勧められた。
クラスで最低ひとりは出場させる決まりだったことから、少女に白羽の矢が立ったのだ。
恥ずかしがり屋の少女が泣いてしまったため、出場には至らなかったが、可愛さもなかなかのレベルといえる。
なお、その頃の体重は32キロ。
泣いてしまった自分がいやで、何か自信をつけたくなり、ダイエットを始めた。
「クレイジーS」の服が似合う女の子になる、というのもモチベーションのひとつで、28キロになった2月に入店を予約。
そこからさらに1キロ落としたのが今の状態だ。

ところで、少女にはこの店の場所に戸惑う気持ちもあった。
入店予約した者だけが見ることのできる案内に従い、たどりついたのは5階建ての古びたマンション。
かなり旧式のエレベーターで最上階に上がり、その号室に行くと、店の看板どころか、表札も白いままだ。
インターフォン越しにあいさつをしてみたところ、予約番号を聞かれ、ドアが開いた。

「いらっしゃいませ。お時間まであと10分ほどありますから、こちらでお待ちください」

中年の女性に手で優しく示されたのは四角いテーブルを挟んで3人掛けくらいのソファーがふたつ置かれたスペース。
店のスタッフとおぼしきその女性がやはり細身であることに、なるほどと感じながら、少女はそこに座り、四方を見渡した。
すると、掛け軸のようなものが目に留まり、そこには達筆で書かれたこんな言葉が。

「一瞬の美に 一生を捧げんとする乙女たちに 永遠の幸あれ」

なんだろう、これ?
でも、すごくいい言葉、のような気がする。

そう思いながらも、少女は自分もまた、その「乙女たち」のひとりであることにはピンと来ていない。
「クレイジーS」に憧れ、引き寄せられるというのはまさにそういうことなのに――。


※つづきます※

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