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公的役割を担う民間人材に求められる経験、スキル

 ステークホルダー資本主義は、今後数十年間の基調的な概念となるだろう。
 公共を巡って誰が担当するかは、大げさな話、有史以来長年にわたって議論が続いてきたが、ひとりの英雄が政治を取り仕切ることも、権威によって民衆を統治することも、政府が万人の闘争を統制することも、行政がすべての公共サービスを担うことも、グローバル化と情報化、民主主義が進展してきたなかで困難となってきた。

 私たちはこの世界的にスタンダードとなろうとしている新概念を解釈し、一人ひとりにとって幸福感を得られる社会を構築していくこととなる。

 この新しい概念を官民共創で切り開いていくこと、どういった主体がこの概念を推進していくのか、2つのまとまった記事を最近書いてきた。

 本稿では、これまでの記事を踏まえて、ステークホルダー資本主義の中心的存在となるだろう「ベネフィット・コーポレーション」(これ自体もこれからどんどん進化していくだろう)や、パブリック・ベネフィット・アクション(民間公益活動)を動かしていく「官民共創人材」に焦点を当て、どのような経験、スキルが求められるのか。そしてどのように育成していくべきかを考えたい。

1. 官民共創人材とは


 まず初めに、いくつかの言葉の定義をしておきたい。
 官民共創人材とは、「社会課題や地域課題を解決する官民共創に資することができる人材」である。
 それでは社会課題や地域課題としてよく使われる「課題」とは、いったいなんだろう。課題とは、「一定の人が解決しなければならないと考えている問題」であり、それが社会で共有されているのであれば社会課題となり、地域で共有されているのであれば地域課題となる。

 官民共創とはなにか。以前、note記事で私は「行政だけ、又は民間企業だけでは難しかった課題へのアプローチに、官民が手を携えて解決策を生み出し、プロジェクトを推進しようとすること」と定義した。この定義で特に問題ないといまでも思うが、課題がそもそも分かっていないケースも散見されることから次のように定義をアップデートさせたい。

 官民共創とは、「行政だけ、又は民間企業だけでは難しかった課題へのアプローチに、官民が手を携えて課題を設定し解決策を生み出し、市民や事業者を含むステークホルダーのためにともに価値を生み出すこと」である。

この定義の下敷きとしているのは、河村・中川『公民連携の教科書』(2020)

本書における「共創」の定義は、・・・次のものとします。
企業や各種法人、NPO、市民活動・地域活動組織、大学などの教育・研究機関などの多様な民間主体と行政などの公的主体が、相互の対話を通じて連携をし、それぞれが持つアイデアやノウハウ、資源、ネットワークなどを結集することで、社会や地域の課題解決に資する新たな価値を共に創出すること。
(同 p25-26)

や、最近読んだシュワブ『ステークホルダー資本主義』(2022)や、吉備・近藤『パーパスモデル』(2022)、伊藤・伊佐治・梛野『ソーシャルX』(2022)などである。

 官民共創もまた、社会課題や地域課題を解決するための対極に捉えられてきた官と民というステークホルダー間をつなぐ重要な概念であり、価値創造のためのキーワードである。

 官民共創という概念そのものがおそらく、10年後、20年後の社会から見ると、当たり前のものとなっており、古びて忘れられがち、ごく当たり前の考え方になっているだろう。しかし今現在の日本社会にとっては、相対する官と民をつなぎあわせ、ともに社会や地域の課題を解決する主体として捉えていくために、官民共創という考え方は、極めて重要である。
 たった150年ほど前までは、自分の住んでいる地域(藩)を越えて、外の人と交流することは許可が必要だった。藩という括りよりも、もしかしたら自分の邑を一生出たことがない人が多かった時代もあるだろう。そうした時代にあっては自分の住む邑がすべてであり、藩がすべてだあったかもしれない。官と民との境界は今後、薄れていく。そうなったときに官とか民とかという括りは、歴史書でしか見ることができなくなるかもしれない。

 ともあれ、いま私たちは官民共創を必要とする。
 そして、官民共創で社会課題や地域課題を解決するためには、概念の提唱や、掛け声だけでは進まない。すでに国をあげて呼び方は別として、公的役割を民間が担う方向性へ政策も実践も動き始めている。官民共創は行政の役割をシフトさせ、民間の役割に公共性を帯びさせるものである。

 そのために国は、遅ればせながらも、公共施設への民間資本参入を進めてきたし、サービス部門においては、準公共概念を提起し、DXを武器に民間リソースの導入を促進しようとしている。早ければ2023年に国会提出が見込まれる「パブリック・ベネフィット・コーポレーション制度」に関する法律は、日本における民間による公的役割の再構築につながる画期となる施策になるだろう。

 1995年の阪神淡路大震災のとき、高校生だった私も自宅でその強い揺れを感じた。多くのボランティアが動き、行政が担えない部分を補完した。その後、非営利活動を組織的に展開するためにNPOが新たに法制化されたが、今回は行政の補完ではなく、行政との共創である。そのための新しい法人が制度化される。どれほどのインパクトになるかは分からない。

 コロナによる公衆衛生の重要性を再認識し、物価高が庶民の生活を直撃している。行政にいる首長も職員も万全の態勢で対処したいが財政も、そして財政をカバーする公務員自分自身の体力気力も限界がある。
 いつまでたっても、公共は「おかみ」がやるもの、という認識でいるならば、この新しい法人形態はそれほどのインパクトを与えないかもしれない。ただ、一人ひとりの価値観が少しでも、ゆらでいるのであれば、この新しい制度は、歓迎されるものになる。

 憲政の神様、尾崎行雄の言葉が脳裏によみがえる。

王政維新は形式的維新であった。頭の上のチョンマゲは切ったが、心の中のチョンマゲは切れなかった。立憲制度は輸入したが、これを運用する精神は輸入しなかった。民政維新は、王政維新のような単なる外形の上のサルの人まねにとどまらず、進んで精神革命にまで徹底しなければならない。

石田尊昭『政治家の条件』(2022年)p52

 官民共創が受け入れられるかは、国民の総意に基づくものだろう。
 その総意を形成するのは、現実に対する危機感だろうと思う。地域の課題は、多様化している。もう行政や議員への陳情頼みではなく、私たちはアイデアや知恵が必要なのだ。そのために官と民の立場を越えて、新しい価値を生み出していかねばならない。

 私たちは準備しなければならない。器があっても動かす人がいないと、意味がない。
 官民共創の必要性は言うまでもないが、それを駆動させるエンジンが必要である。それが官民共創人材だろう。


2. 官民共創人材が担当するタスク&ジョブ

 官民共創人材の役割、パーパス(存在意義)は、官民共創を進めることである。
 現状では「官民共創」は専門性が高い分野である。それはその役割を担える人材が希少だからだ。
 しかし、そうした人材を社会は育てていくことが求められるだろう。そのことを考えるために、まずは官民共創人材が担当するタスク&ジョブを分解していきたいと思う。

① 解決すべき地域や社会の課題を公共政策の視点から的確に捉える

 まず為すことは、解決すべき地域課題、社会課題を的確に捉えることである。
 農業や漁業の担い手がない問題があったとする。その背景にある真の問題はなにか。もしくは本当にそれは解決すべき課題なのだろうか。ある問題を解決しようとすると、違う問題が生じるかもしれない。農業漁業の活性化のために、補助金を提供したとする。その補助金の使い道は受け取った地域団体が行うことになるが、その団体が旧態依然とした長老政治であれば、そうした風習を嫌う若者の地域定着を阻害するかもしれない。一例だが。
 地域で問題とされている事柄・課題も、深掘りし、なにが真の課題かを分析することが求められる。その場合、公共政策の視点を持つことが大切となる。どのような公共政策をとれば、その課題は解決できるのか。その青写真や、肌感覚を有していることが求められる。
 たとえば農業の担い手がいない場合、特色ある少人数制の学校教育に力を入れるなどどうだろうか。東京の大手企業と連携して農業×AIのような教育を行うなどをすれば、地域の農業漁業にも好影響を与えるかもしれないし、その地域に住む若い層にとっても、有益かもしれない。

② 課題をとりまくステークホルダーの立場や思いを理解する

 公共政策として捉え直した課題の解決策を開発していく前に、関係するステークホルダーの立場や思いを理解していくことがステップとして必要だろう。この丁寧なワンステップを持つことが、その後のステークホルダーを巻き込んだ共感型のアジャイル開発を左右する。
 立場によって考え方は異なる。それはその人がその問題をどの角度から、どの距離から見て接しているかによる。写真を30センチの距離から見るのと、1センチの距離から接近してみるのとでは全然、見え方は異なる。離れてみる方が俯瞰的だが、近くで見るとその画像は抽象画のように意味をなしていない。当事者は曖昧な問題を自分なりの見え方で評価するだろうが、その捉え方も一つである。これは、俯瞰的だから正しいということを言いたいわけではない。接近していないと分からない問題があるからだ。問題に近い人ほど、自分事としてその問題を捉えている。
 様々なステークホルダーがいるだろう。特に政策の方向性が変わることによって不利益を被る人が居る場合は頑強な意見が出てくるかもしれない。行政と民間、市民はそれぞれ立場も視点も異なるわけであり、同意することはできないだろうが、共通目的を有すること、そしてそれぞれの立場や意見、想いを理解しておくことが、議論のため、共創のためにはそれが基盤となる。
 あらかじめそれぞれの立場のことを理解していたり、コミュニケーションできる素養、経験を持っているのであれば、こうした共創の基盤を築きやすいだろう。

③ 解決策を事業としてステークホルダーと共にアジャイル開発する

 デザイン思考にダブルダイヤモンドというフレームワークがある。

デザインリサーチの教科書(木浦幹雄、2020年)より引用

 まず課題を見つけ(discover)、定義する(define)。イシューが大事というのは特に言われ散る通り、①と②を間違えると的を外れた解決策が導き出されることさえある。問題→課題→公共政策へと展開していくに当たり、①と②は大切にしたい。
 その上で、その課題を展開し(develop)、みんなの意見を取り入れながら、アイデアを練っていく。そしてアイデアを収束させ、事業化(deliver)していくのである。developが③、deliverが次の④と考えたい。

 何度か私の記事では書いてきたが、課題起点で公共政策を展開するためには、アジャイル思考が重要となる。
 簡単に言うと、とりあえず小さいところからやってみる。その上で、改善を繰り返しながらどんどんアップデートして完成に近づけていくという手法だ。行政は税金を原資とした施策の場合、リスクを取りにくい。非常に多くの役所内コミュニケーションが必要となるだろう。それは私が議員として行政職員と間近で接してきた経験を踏まえても非常によくわかる。だから、この段階でのリスクを取るのは民間が良い。失敗しても公金を使っていないのであれば、比較的行政も動きやすい。

 ここで官と民をつなぐ必要がある。その間に立ってコミュニケーションを取り、リスクを最適化しながら、最善の策を模索する。現場の声、顧客の声、ステークホルダーの声を理解しつつ、必要な一手となるアイデアを、協働で創造する。
 顧客の声がすべて正しいわけでもないし、すべて聞き入れるととんでもない使い勝手の悪いサービスが生まれるかもしれない。我が家にあるテレビのリモコンをみると、とんでもない数のボタンがあるが、そのほとんどは使ったことがない・・・ 顧客の声をたくさん聴いて実装したのがあのリモコンなのだ。。使い心地がいいサービスを生み出す、アイデアを練る、そうした取り組みを、官民共創人材は中心的に担いたい。
 そして出てきたアイデアをとりあえず、最小単位でいいのでやってみる。利用者は数人でもいい。統計的にいえば30人ほどは必要かもしれないが、デプスインタビューを前提とするなら5人や10人でいいかもしれない。とりあえず、まず小さくてもいいからやってみて、その後、その反応をもとに、サービスを改善する。

④ 行政と民間、市民といった主体者と有機的につながり、事業を社会実装する

 ある程度、行政区単位で実施できそうな事業モデルができあがってきたら、それを行政と連携して、実施していくフェーズに入る。行政と民間、市民との間で、ある程度この段階でリレーションは築けていると思うが、なかには市民や利用者からのハレーション(好ましくない影響)も考えられる。単につながる(連携する)だけではなくて、相互に機能しなければならない。この場合、共創は、官と民だけではなく、市民や利用者も一緒に行っていくことになる。サービスの提供者が民間であったとしても、市民が提供者の一部であることもあるだろうし、フィードバックを得る相手であることもあるだろう。

 事業を地域や社会に実装していくために、官民共創人材は、ステークホルダーとのコミュニケーションを図りつつ、プロジェクトをマネジメントしていくことも求められるはずだ。行政のお金(税金)を原資にすることを前提にしていない以上、民間資本でなんとかするしかないので、そのためにはビジネスとして成立する必要性がある。
 LTV(ライフタイムバリュー)と、CAC(カスタマーアクイジションコスト)という言葉がある。LTVはその顧客が利用期間を通じて支払ってくれるお金を指し、CACとは、その顧客を獲得するために必要となるコストのことを言う。
 客単価という言葉を飲食店とかでもよく聞くが、一人当たり客単価3千円であっても、チラシ等の獲得コストが5千円するのであれば赤字になる。ただ、そのお客がその後満足して、1年間で販促無しで3回来てくれるのであれば5千円の獲得コストに対してLTVは9千円となる。さらに友人も連れてきてくれるかもしれない。民間による公的役割の参入にあたっての事業開発では、こうした経営やマーケティングに関する基本的な知識や考え方も身につけておく必要がある。

⑤ インパクトを測定し、必要に応じてIR(インベスターリレーション)を行う

 事業として成立することは重要だが、その事業を横展開していくこと、さらに良いサービスにしていくために改善を継続することも求められる。
 最近、売上利益に代表される財務指標だけではなく、その組織が有している人的資本や、環境、社会、ガバナンスに対する好影響(ESG)などの非財務指標を経営・投資の判断材料とする流れも出てきている。
 民間による公的役割への参入についても、単に売上利益で赤字にならないとか持続性があるということはもちろん重要なのだが、それだけではなく公益性ある事業を行う以上、どれくらいソーシャルインパクトを与えているか、どのくらい非財務指標が良いかという点も、考慮していかねばならない。
 官民共創人材が自分がかかわった事業に対して、そうした評価をすることができるに越したことはない。ただそこまで行くと金融についてもある程度、知識を持っていないといけなく、希少性はさらに高まる。というか、そんな人材はほとんどいない。
 インパクトを測定し、投資家やステークホルダーに対して広報・コミュニケーションを取っていくことも官民共創人材はやっていくべきだが、ここの部分は行政や民間が有しているリソースと連携し、より良い価値を創造していきたい。

3. 官民共創人材に求められる経験、スキル

 官民共創人材が行うジョブを整理した。多様なスキルが高い水準で求められることが分かる。現在、そのような人材は労働市場では潜在的に高いニーズがあるものと思われるが、民間が公的役割を担うという、公共サービス2.0の世界観は十分に見通せていないので顕在化していないように考えられる。

 とはいえ、時代は待ってくれない。私は仲間とともに、2021年から官民共創分野の先陣を切り、「逆プロポ」をはじめ、いくつかのサービスを展開し、自らをその環境の中に放り込み、官民共創人材に何が求められるのかを、つぶさに体験してきた。以下、実証はできていないので、仮説とはなるが、いくつか列挙して述べたい。

(1)官民共創人材のスキルモデル

 米国の経営学者ロバート・カッツによると、スキルは3種類に分けられる。専門スキル(technical skill)、概念的スキル(conceptual skill)、対人スキル(human skill)である。
 マネジャーは概念的スキルが求められ、スタッフは専門スキルが求められるとされる。こうしたスキルを環境に合わせて適切に発揮するためには、メタ認知スキルが必要とされる。さらにこうしたスキル群の下層には、批判的思考力、挑戦心、柔軟性(他者寛容性)といった特性があり、これら下層特性が高いほど、カッツが提唱する3スキル(実践知)の獲得に寄与するとされる。これらは京都大学大学院の楠見孝教授、神戸大学の金井寿宏教授らの研究に基づく。

楠見孝・津波古澄子『看護におけるクリティカルシンキング』(2017)より引用


 このスキル階層モデルを用いて、官民共創人材モデルを考えたい。
 官民共創人材には、マインドセットの部分が大きいと考えられる。行政の観点から物事を考えられるか。そして民間の観点から物事を考えることができるか。いわば“官民両利きマインド”が求められる。

 行政は公共の福祉のために活動を行っている。多くの首長も基本的にそのように考えているだろうし、行政職員も40年前後にわたって公共のために奉職する存在である。地域住民からの声や地域特性による課題などに日常的に触れ、それぞれの立場で最善を尽くし課題解決に取り組もうとする。財源は税金を原資としている。自ら稼いでくるお金ではなく(ふるさと納税施策など最近一部例外はあるが)、内向きの予算要求を総務部局や首長に対して行い、時に折衝を重ねて、予算を獲得する。近年、だいたいどの自治体も予算不足であることから、予算のシーリング(予算要求額に上限がつけられる)が行われることが多く、予算の現状維持もままならない。

 そうした中で、新規事業を行うのであれば、国等の新たな補助金を活用したり、なにか既存の予算を減らして、そちらに付け替えるなどの編成が行われる。部課長の労力は、予算執行を適切に行うこともあるが、お金と人員をいかに獲得するのかに費やされることとなる。予算編成も基本的には「総計予算主義」がとられている。これは財政法という方に基づくためだ。総計予算主義とは、一年間に必要となる予算は、2月や3月の新年度予算編成・審議時に計上しておかねばならないという考え方であり、限られた条件が当てはまる場合のみ、補正予算が認められるというものである。

 書けば長くなってしまうので、この辺りで留めておくが、この総計予算主義や、首長らへの予算要求、議会における説明、審議などを行うことにより、スピード感が喪失される。また、どうしても計画性が重視される。それは「予算の単年度主義」に基づく。毎年、予算は審議されることになり、2年後、3年後の予算をその時につけることはできない。そうであるので、行政(というよりも原課=担当課)は、各種計画に事業内容を記載し、数年間の継続的な事業を目指すこととなる。これも予算の硬直性を高めることとなる要因だ。
 
 いずれにしても、それら法や慣習に基づく行政のルールに従い、行政は事業を行わざるを得ない。こうした行政側の内部事情をよく理解しておかねばならないし、それらは非合理的でもあれば、他面では極めて合理的な一面を有していることも認識しておくことが官民共創では必要となる。

 一方、民間の観点からすると、行政のように一年間、最初に決めた計画通りに物事を進めていると、軌道修正の時機を逸することがある。とりあえずやってみたものの、うまくいかねば3カ月で見切りをつけることもあり得るし、経営判断のスピードや環境変化への適応性が、民間における事業展開では求められる。

 事業開発や事業運営を行うために、顧客への価値提供を行い、その価値に対する対価が売り上げとして得られる場合が多い。税金を原資としている行政とはまるで異なる世界だ。いかに価値創造できるか、それが生き残るための手段である。そのためには、組織マネジメントやマーケティングが重視されるし、従業員のモチベーションやスキル開発、適材適所の採用が行われる。行政から見ると、民間はもしかすると「修羅の世界」かもしれない・・。食うか食われるか。

 しかし、そうした環境の中から、技術革新やさまざまなイノベーションが生み出され、生活は豊かに、住みやすい社会づくりのツールが生み出されてきた。
 官民共創人材には、こうした民間のマインドセットを保有していることも求められる。

 官民共創人材のスキルモデルを、手書きで簡単にまとめた(が、もう少し綺麗に書けばよかった・・)。


(2)官民共創人材に特に求められるスキル、知識

 行政マインドと民間マインド、その両方のマインドセットを持つことが、スキルを下支えることとなる。次に、官民共創人材として現場で活動、活躍するために、どのようなスキルセットを持っていると良いかを考えていきたい。ここでは、「2.官民共創人材が担うジョブ」と照らし合わせながら、私なりの仮説として挙げていくこととする。

①コーディネート力
 官民共創を前に進めるためには、多様なステークホルダーとのコミュニケーションや調整が必要不可欠となる。先述したとおり、行政と民間企業とでは事業目的や慣習・ルールも違うことも多く、多様な考え方が入り交じることになる。みんな大人なので、話を合わせようとするものの、やはりうまくいかない場合は、自然とフェイドアウトしたり、話が決裂することも考えられる。そうならないように、官民共創人材は振る舞っていかねばならない。
 そのためには、行政と民間それぞれの立場の考え方をよく理解しておく必要がある。その上で、物事を前に進めるためのコーディネートをしていかねばならない。
 一対一の関係のこともあれば、N対Nのマルチステークホルダー間の調整ということもある。官民共創は行政が上、民間が上というものでもなく、お互いに対等の立場でコミュニケーションしていくことが重要だ。どんな人とでも円滑にコミュニケーションしていける力や人柄が現場では求められる。(あまりトンガっていたり、理詰めな感じだと敬遠されることがある)

②課題設定力
 官民共創においては、課題が明確でない場合や的が外れている場合もある。警察や司法が治安維持のために刑罰をキツくすることで、行政当局の意図とは別に治安が悪くなる事例は有名だ。社会復帰できず再犯の可能性が高まることや加害者家族への負の連鎖などがあるとされる。誰しもが自分が設定する課題が間違っているとは思わない。むしろ設定する課題が正しいと思っているはずだ。
 官民共創人材には、課題設定においてステークホルダーからのヒアリングや観察などを経て、その後、適切な課題を設定することが求められる。

③課題解決力
 課題解決の引き出しを多く持っていることも大切である。設定した課題にヒットする解決策を練るために、リソースを提供する民間企業とのコミュニケーションやアイディエイションを行い、事業のプロトタイピングを関係者と連携しながら行なっていくこととなる。
 そのためには普段からどれくらい感度高いアンテナを持ち、民間企業の情報を集めているか、テクノロジーの動向や、他の自治体での官民共創事例を知っているか、そしてどれくらい面白い民間企業とリーチできており、いざというときには相談することができるのか、である。

④プロジェクトマネジメント力
 官民共創事業は、小さく始めて大きく育てたい。スタートアップ企業や大手企業の新規開発部門が行うような事業開発の取り組みに近い。「リーンスタートアップ」とも呼ばれる一連の流れの中で、プロジェクトを統括していくことが官民共創人材には求められる。統括とまで行かなくとも、プロジェクトの円滑な進捗に資するアクションができなければならない。日程の管理、人やお金のマネジメントを統合して、全体を見なければならない。さらに実証事業だけではなくその後の事業展開を見据えて、広報や資金調達などにも目配せしておくことも重要な役割となる。プロジェクトマネジメントを行うにあたっては、民間企業において事業開発に携わった経験が生きるだろう。

⑤行政および民間それぞれの領域の先進的知識・情報
 コーディネート力、課題設定力、課題解決力、プロジェクトマネジメント力という官民共創人材に求められるスキルを挙げてきた。しかし、スキルが高くとも、持っている知識・情報が古ければ、そのスキルは十分に発揮されない。スキルを生かすためには、最新の知識・情報を持っていることが重要なのだ。
 社会環境が変化する過程で知識・情報の陳腐化が生じてしまう。どんどん新しい事例が生まれてきている中で、5年前の事例を紹介しても時代遅れになっているかもしれない。常に最新の情報を持っておきたい。
 また、先述したとおり、行政や民間とコミュニケーションするためには、新しい理論や考え方も知っておくほうが良い。

官民共創人材に必要と思われるスキルを列挙した。ここに挙げたのはまだ仮説だ。
 現在、実証的な調査研究を進めているところである。今後、定量的な観点、質的な観点から官民共創人材のスキルセット、マインドセットを考えていきたい。


4. どのように官民共創人材を育てていくか

 民間が公的役割を担うことが増えていく。
 これまでの行政が公共サービスを担ってきた「公共サービス1.0」の世界観から、官民で公共サービスを担う「公共サービス2.0」の世界観へシフトしていくにあたり、そのエンジンとなる官民共創人材を育成・輩出していくことも社会で考えていかねばならないアジェンダとなる。
 
 端的に言うと、官民共創人材を育成するためには、行政の現場と、民間(特に事業開発)の現場を経験することである。

 「経験学習論」というものがあって、ここではそれほど詳しくは書かないようにするが、ある程度の期間(10年間とか)、その仕事に従事することで培われる能力があると考えられている。それぞれの立場を理解し、相互の橋渡しのコーディネートを行うためには、本来は行政と民間、それぞれ10年ほどの経験を有していることが望ましいが、そこまでの日数をとることは現実的ではない。

 「経験学習論」とはまた異なり、「越境学習論」というものが最近注目されている。これまで私の記事でも何度か取り上げてきたように、この分野の第一人者である石山恒貴法政大学教授は、次のように越境学習について述べている。

「複数の活動システムの間の境界を越えること」というユーリア・エンゲストローム(拡張的学習の提唱者)による越境の定義にならい、我々はもっと広く、「越境=個人にとってのホームとアウェイの間にある境界を越えること」という定義を用いています。(p12-13)

ホームとアウェイを往還する越境学習者になにが起きているのでしょうか?その特徴を一言で表すとすれば「越境学習者は葛藤を通して学ぶ」ということです。興味深いことに、「越境による葛藤」は、ホームからアウェイへと越境したときだけでなく、アウェイからホームへ戻ったときにも起きており、「越境学習者は二度の葛藤を通して学ぶ」ことが明らかになりました。(p17-18)

OJTは既存の製品・サービスの改良・改善や効率性の向上など、現場力を高め、既存の「知」を「深化」させることには適しています。しかし、全く新しい発想で新しい製品・サービスを作り出したり、全く新しいやり方を取り入れたりしていくような「探索」には適していません。企業内OJTによる人材育成だけでは限界があることはたしかです。(p21)

既存の枠に当てはまらない新しいことができる人材、組織内に「革新」「イノベーション」を起こす人材を、既存の枠の中で育成することは難しいものです。遠い分野の知を探して既存の知と結びつける「知の探索」ができる人材を育成するためには、やはり、枠の外へと「越境」させなければなりません。(p22)

「越境学習」と「経験学習」は、その世界観と目指す方向性が大きく異なります。あえて言えば、逆の方向を目指しているということ言っても過言ではありません。「経験学習」が目指すものは、経験から学び、いかに自分の専門領域に関して熟達していくということです。他方、「越境学習」の目指すものは、現状の前提と固定観念を疑い、いかにしてこれまで味わったことのない違和感、葛藤から学ぶか、ハラハラするような冒険ができるか、ということです。(p49-50)

石山恒貴・伊達洋駆『越境学習入門』(2022)

 官と民、それぞれの経験を有していることは、官民共創人材にとってもちろん重要な要素であるが、それと同じくらい重要なのは、官と民の越境を経験しており、何が違うのか、何が同じなのか、をジレンマを経験していることではないだろうか。

 最近、行政による民間人材の副業任用が進んでいる。こうした機会を生かして、民間の知見を行政で生かそうとする人材は官民共創人材として大切な素養や越境経験を積むことになるだろう。また、民間企業が自治体や政府部門、もしくは国会議員事務所や第三セクターなどへ社員を在籍出向させるケースもある。これも越境経験を積むのに良い機会になるだろう。
 逆に公務員が民間へ出向することはあまりない。若手官僚がどんどん辞めて、民間企業に移っているのを見聞きするが、そうした人材は越境経験を積むことになるが、公務員というポジションを一度離れると、再びその世界に戻ることはハードルが高くそびえることとなる。公務員→民間は一方通行なのだ。

 そのように考えていくと、民間のことをよく理解している越境経験者は多いものの、公務の世界をよく理解している越境経験者は、なかなか少ないことがわかる。

 いや存在する。地方議員である。地方議員は、1期4年の任期を通じて、有権者代表として公務に臨むことになる。立場は特別職公務員だ。市長や教育長と同じ位置づけである。議員は私も経験しているのでよくわかるのだが、民間・行政、それぞれの立場を経験することになる。地方議員の経験者は貴重な官民共創人材となり得る。もちろん民間での事業開発の経験や会社経営の経験がない地方議員は、官民共創人材というよりも、単なる地方議員経験者にとどまる。

 ここまで書いてきたように、官民共創人材を育てるためには、実際に公務や事業開発の経験を積ませることが必要となる。労働市場においては、そのような人材が限られていることから、今後、そのような人材を社会で育てていくことが必要となるだろう。

 そのためにできることは何だろうか。一つは、公務員が取り組む地域課題にフォーカスして、行政と民間企業が人を出し合い、そのプロジェクトを動かしていく実験的な取り組みを増やすことである。そのような官民共創プロジェクトでの実務体験は、官民共創人材を輩出していくための入り口となりうる。

 また官民共創のノウハウや知見を言語化していくことも人材育成の観点からは効果的だろう。今は体験することでしか学習機会がない。ほとんど学習教材がインターネットや書籍ではないのが実情である。体験記があるのであれば、それを見ることで人は追体験することができるかもしれない。

 行政の特性としては外とのネットワーク作りは苦手だが、行政同士の横での情報共有は得意である。それは一面では横並び体質とも言われるが、良い取り組みやノウハウは行政職員の間で、どんどんと交換されている。行政という世界の中でのノウハウや知見の共有は進んでいるのだが、官民をまたぐ共有や、民間企業同士での共有はあまりなされていない。

 私たちは、近い将来訪れる民間が公的役割(準公共)を担う時代、公共サービス2.0の時代に備えて、官民越境人材を育てていかねばならない。そのために、官民越境経験を増やすとともに、すでに官民越境した経験がある人たちが、そうした経験を言語化して、世の中に発信していくことが求められていると考える。
 私はそのような社会課題に少し人生の時間を割いて、取り組んで行こうと最近感じている。

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◇プロフィール

藤井哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリックX 代表取締役/株式会社ソーシャル・エックス 共同創業者

1978年10月生まれ。京都大学公共政策大学院修了(MPP)
2003年に人材ビジネス会社を創業。2011年にルールメイキングの必要性を感じて政治家へ転身(2019年まで)。2020年に第二創業。官民協働による価値創造に取り組む。現在、経済産業省事業のプロジェクト統括も兼務。
議会マニフェスト大賞グランプリ、グッドデザイン賞受賞。著書いくつか。
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