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立ち上がるジンベエザメと寝そべるイルカ【4月沖縄旅行物語】Vol.4

「すごい、大きいねぇ…ずっと見ていられるね…。」
「あんなのが海にいるなんてちょっと信じられないぜ。」

美ら海水族館の黒潮の海水槽の前で二人はあっけにとられていた。
初めて見たジンベエザメ。
二人は呆然と眺めるよりほかなかった。


予定をしたのは1月。付き合って2年以上経った二人は、未だ本州から出たことがない。

その事実に気づいてしまった里央は、隆に有給休暇の取得をねだった。
「沖縄に行きたいの。」

行ったことがない沖縄、何がどこにあるのかもわからないのは不安だが、それこそがこの二人の関係に刺激を与え続けてくれている。

「よし。いこう。」
隆は次の日には有給休暇の申請をして、二人分のフライトを確保した。
1日目の金曜日はレンタカーを借りて美ら海水族館へ来ていた。
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「下に降りてみよう。」

美ら海水族館の最大の目玉でもある黒潮の海の水槽は、
幅にして約30m程度はあるだろうか。
たくさんの人だかりが水槽の前に壁をつくっていた。

美ら海水族館は入り口が4階にあり、徐々に下の階へと下るような作りになっている。
里央と隆がこの水槽の前にたどり着いた時、ちょうど目線の高さにジンベエザメが泳いでいた。
ジンベエザメは水槽の上の方をゆっくりと泳いでいる。

スロープを下まで降りてくると、水槽の大きさがよりよくわかった。
水槽は分厚いガラスで覆われているはずなのに、そんな風には全く感じない。
あたり一面、青い光に包まれていた。

水槽の脇にカフェがある。いい位置にカフェを作ったものだ。

カフェ「オーシャンブルー」。
コーヒーやソフトドリンクだけでなく、オリジナルのカクテルが売りらしい。
オリジナルのカップケーキも店頭でオススメされていた。

時間は14時半。15時から始まるジンベエザメの餌付けショーの前に少し座って休みたい。
しかし、言わば、今日のメインイベントだ。どうにか良いポジションで見たい。ここでカフェに入ってしまったら良いポジションを確保するのは難しい。

微妙な時間だった。あたりを見渡す。
水槽を全体的に見られるベンチシートが上にあって、すでに60%程度は人で埋まっていた。今からベンチを確保しにいっても特別な体験にはなりそうもない。

どうするべきか。思案する隆はあたりを見回した。
すると、カフェの入り口に「予約席受付」と書かれた文字を見つけた。
もしかして。

「あの、すみません、もしかして水槽脇のテーブル席、予約できるんですか?」
「はい、今は予約席はいっぱいなのですけど、予約していただければ空き次第ご案内します。席は30分ご利用いただけますよ。」
(これは来た。)
隆は思った。このパターンは勝つことが多いパターンだ。

予約席のシートには、今座っている人たちが何分に席に着いたか、小さく書かれている。裸眼で視力1.5は伊達じゃない。
恐らく、今予約すれば15時の時点で水槽脇の予約席に座れているはずだ。
隆は確信に近い感覚をおぼえていた。

しかし『席が空き次第、順番に、アナウンスがある』ことから希望の席に座れるかはわからない。
タイミングを見誤れば、あまり良くないポジションから餌付けショーをみることになってしまう。

里央に意見を聞いてみた。「隆に任せる。私は別にその席じゃなくてもいいし、隆のしたいようにしていいわよ。」
隆は賭けてみることにした。
「席の予約、お願いします。」

そうして、待つこと10分。
隆たちはちょうど水槽の真横の席を確保することになった。
ここからは水槽の中がほぼ全て見渡せる。

席につくと同時にジンベイザメがターンしてその体をくねらせながらすぐ脇を泳いでいく。
ものすごい迫力だ。

「すごい!いい席取れたね〜!水槽全体が見えるよ!」
里央も喜んでくれた。
予約席は30分交代になっている。
14:40分から席についた二人は、15:10までこの席を使えることになった。
ちょうどジンベイザメの餌付けを見られる時間だ。

二人はコーヒーを飲んだり、カップケーキを食べたりしながら餌付けの時間を待った。
その間もジンベエザメの回遊の他に、マグロ、エイ、マンタ、海底を徘徊するサメなど様々な大型魚類を座りながら間近で見られた。

足元に数匹のサメが寝そべっている。まるで飼い主の足元で眠る大型犬のようだ。
「なんだこいつら。ずーっと寝てるな。」

水槽をすぐ真横から見られるこの席は絶好の水槽観察ポイントだった。
。椅子に座るため目線が低くなり、視界全体が切れ目なく、水槽の中を捉えることができるのだ。

館内放送でアナウンスが始まった。そろそろ餌付けの時間だ。
数回、水面に弧を描くように何かがさざ波を立てた。
まるで合図だったかのように、2匹のジンベエザメがゆっくりとその弧に吸い寄せられていく。

そして海面に近い位置で大きく口を開けて、思い切り海水もろとも何かを吸い込んだ。
(この席すごくいい席じゃないか。ベストポジションだ。)
賭けに勝った。勝利こそ我らにふさわしい!

「うわ〜すごい!何食べてるんだろう」
「おきあみじゃない?」
「おきあみってなに?」
「小エビみたいなのだよ。」

「里央、見てごらん!吸い込むたびにエラがぐわって広がって、飲み込むと餌がエラからこぼれちゃってるよ。」
海水が餌と一緒に口の中に吸い込まれて、エラからぶわっと吐き出されている。
まるで巨大なポンプだ。圧巻。まさに圧巻。

「UWOOOO! What he wants?」
後ろから里央のその声より甲高い声が聞こえた。
3~4歳の金髪の白人の少女がびっくりした顔で餌付けを見ていた。
6歳くらいのお兄ちゃんと思しき少年もやって来た。

隆は少女や少年に英語で一緒に見よう、と話した。
ジンベエザメは最初、水面に向けて口を広げて泳いでいたが、
最終的には水中で直立姿勢になった。

その巨体が水槽の中で直立にそびえ、餌を飲み込んでいる姿は異様だ。
少女は愛くるしい表情でジンベイザメが吸い込む真似をして「GUAAAA!キャー!」と声を出している。
隆も一緒になって「ぐわぁぁぁ〜」と少女と真似しあった。
里央は隣で笑っている。

餌付けは5分程度で終わった。少女たちも餌付けが終わればすぐに両親の元へ帰っていった。
「面白かったねぇ〜!この席は正解だった!」

この席を利用できるのは15時10分までだった。全てがちょうどよかった。
ベストな時間、ベストなポジション。
二人はジンベエザメに名残惜しくも、大満足でカフェを後にした。

次に向かったのは上の階にある「サメ博士の部屋」。サメが回遊する水槽がある。その他にもサメの巨大な顎の標本が飾られていたり、一般に”鮫肌”と言われるサメの皮膚が実際に触れるように展示されており、とても刺激的だ。

経路は深海の展示に続く。入り口からすぐのところにダイオウイカの標本があった。
そのイカは普段であれば驚愕する大きさなのだが、如何せん、間近でジンベエザメやエイやマンタの雄姿を見てしまったあとでは迫力に欠ける。

他にもカニやグソクムシのような甲殻類の展示があって、沖縄の多様な生態系を知ることができる。このゾーンは暗い。隆は眠気を思い出した。
深海のゾーンを過ぎると出口は近い。

「次はね、イルカショーを見にいくんだよ!」
イルカショーは水族館の外にある施設で行われるらしい。
てっきり水族館で行われるものだと思っていたが、さすが沖縄である。
公園内の施設でイルカショー。つまり、公園に訪れた人向けに無料で公開されている。素晴らしい取り組みだ。

少し歩いた丘の先に建物が見えた。
屋根のついた客席が整備されていて、すでにスタンドでは多くの人が座ってショーの始まりを待っている。
イルカのショーは16時からだ。1日に何度か行われているらしい。

二人は客席の中腹の席に陣取った。
ここで隆の眠気がピークに到達する。
イルカショーまでもたなそうだ。

「里央、ごめん、ちょっと、意識なくなる。」
「いいよー。」
隆はイルカショーを待つ間、つかの間の睡眠を取った。

「わーーーー!うわーーー!」
周りの歓声で目が覚めた。
水槽の手前にあるスペースに巨大なイルカが寝そべっている。

「なんだありゃ、あんなの見たことない。」
イルカが寝そべっている。肌の黒い大型のイルカだった。
(普段見ているイルカではないな。バンドウイルカかな。)

隆はそう思った。しかし、眠い。そしてまた眠りについた。
里央はその間、イルカショーが始まる前の余興でイルカが寝そべったりしている様子を見て楽しんでいた。

そしてBGMが流れ飼育員が現れて二人はイルカショーを堪能した。
最も目を引いたのは、やはり、寝そべるイルカである。
飛んだり、芸をしたりというのはよくみるが、寝そべるイルカを見たのは初めてだ。

イルカショーは20分程度で終わった。
隆はイルカショー中も眠くてうとうとしていたが、なんとか堪えてショーを見終わった。

「あー、楽しかった!次はウミガメを見にいくよ〜!」
里央はまだまだ元気だ。
ウミガメの飼育されている施設は、水族館の隣にある別の建物だった。

この飼育施設では、ウミガメが怪我をして陸に打ち上げられたり、網にひっかかって海に戻れなくなり、もがいているうちに身動きが取れなくなってしまったウミガメを保護している施設のようだった。

網が食い込んだウミガメの怪我の様子や、ビニール袋を餌の海藻と間違えて大量に食べてしまったウミガメの治療の経過など、少々生々しいがパネルで展示されている。
こうしたカメを保護して治療し、海に返す活動をしているそうだ。

ウミガメたちはゆうゆうと水槽の中を泳いでいたが、かつて保護された時はひどい状態だったものもいるだろう。
里央はウミガメが好きだったので、ここぞとばかりスマホで写真を取った。
「かわいい〜!」

ウミガメを見てはしゃぐ里央。
対照的に、隆は眠気が残る頭で、ぼーっと飛ぶように泳いでいるウミガメを眺めていた。

この施設には”人魚”マナティーも飼育されていて、その生態について紹介されたパネルが面白かった。
マナティーは餌にレタスを食べるそうだ。

(初めて知った。)
二人が訪れた時は、その日の餌やりの予定は全て終了。
きっと愛くるしい顔でレタスを食べるにちがいない。

「見たかったなぁ。餌食べるところ。」
里央は残念そうにしていたが、「またくればいっか。」と開き直った。
また来るのは何年後だろうか。その時は午前中に来てマナティーがレタスを食べるところを見てみたい。
隆はそう思いながら施設を後にした。

外に出ると雨は降っておらず、二人は見晴らしのいい場所から海を眺めて少し休憩した。時間は17時に近い時間だった。

「いや〜、面白かったね。それじゃあ、宿に向かおう。」
「そうだね!途中で買い出ししない?スーパーに寄ろうよ。飲み物買いたいな。」
「お、いいね。よし、行こう!」

次の目的地はスーパーに決まった。
二人は旅先のスーパーが大好きだ。よく旅先でスーパーに入る。
見たこともない何かが売っていることがある。
今日もきっと何か発見があるに違いない。
ここは本州ではないのだから。

公園の中を駐車場まで二人は鼻歌まじりで歩く。
少し眠れたおかげで、隆はすっきりしていた。
夜までは保ちそうだ。

「運転大丈夫?眠いんじゃないの?」
里央が心配そうに顔を覗き込んだ。

「さっき少し眠れたから大丈夫だよ。仕事中と同じさ。少し居眠りした方が効率が良くなるだろう?」
笑いながら隆は言って、二人は海洋博公園を後にした。

空は曇っていたけど、とても明るかった。
雨はもう降らないらしい。
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美ら海水族館
https://churaumi.okinawa/

カフェオーシャンブルー
https://churaumi.okinawa/area/restaurant/ocean-blue/


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