大学受験失敗して滑り込んだ会社の話

高校を卒業してすぐ地元で就職した。

本当は助産師になりたくて医療系の大学を志していたけれど、叶わなかった。
今思うと、大学受験というものをわかっていなかったんだと思う。私の住む町には大学がなくて、進学したい人はみんな早いうちに地元を出て、残っている人は勉強のベの字も見たくないというような人ばかりだった。そんな環境で意識を高く持って外に出ていった若人たちは本当に偉い。
大学のオープンキャンパスも高3になってようやく行った。そもそも大学に入るということを舐めていたのかもしれない。誰でも入れるんでしょって。
スタートダッシュが大幅に遅れているので希望大学も一校しか見つけられなかった。でも絶対に行きたいと思う所がひとつあるだけでいいんじゃないくらいに思っていた。
AO入試、推薦入試、一般入試、センター試験利用入試、受けれるものは全部受けて全部綺麗に滑った。

2月の後半になっても進路の決まらないことにようやく焦りがでてきた。
先生方は浪人するというのも一つの方法だよって教えてくれたけど、下にまだ妹弟が控えているのに私だけ家庭に負担をかけるのが忍びなかったし、なによりここまでくると当初の志は折れに折れて粉々になっていた。4月以降、浪人生以外の肩書きならなんでもいい。そんな気持ちで就職活動に入った。先生は相変わらず無理して決めなくてもいいんだよと言ってきたし、友達も同じようなことを言ってきた。
その頃の私は常に
「私の夢は一つじゃない。今まで医療に繋がる夢の扉の鍵を必死に探して時間をかけていたけど、見つからないのであれば違う鍵を使って別の扉を開けるだけ」
と偉そうな言い訳をしていた。でも心が折れちゃったからもういいんだ、なんて言ったらみんな心配するでしょ?私なりの優しさだったんだ…笑

あの頃、本が好きな友達に薦められて読んだ【マスカレードホテル/東野圭吾】が深く心に残っていた。ホテルマンになるってかっこいいかも。ただそれだけで地元のホテルの面接を受けた。
しかし、この宿泊施設はホテルとは名ばかりでガッツリ旅館だった。高校生の私にはわからなかった。働き出してから「あれ?なんか思ってたのとは違うな」となった。
でも、旅館で過ごす日々も悪くなくてすごく刺激的だった。お客様は国籍も住んでる場所も老いも若きも男も女も関係なく毎日毎日いろんな方が来て、配膳の時に大好きな地元のことをたくさん話した。今日はどこに寄ったんですかとか明日どこに行くんですかってきいて、だったら追加でここもいくとより楽しいですよとかいい買い物できますよって話すの本当に楽しかった。
お客様だけじゃなくてリゾートバイトの人達ともたくさん話した。リゾバに来る人たちは大抵夢を持っていて、それを始めるための資金調達を目的にしていた。夢を話す時、みんな目がキラキラしていてかっこよかった。

狭い世界で生きていることをすごく感じた期間でもあったので、時間ができるとすぐ旅行した。10日くらいかけて鈍行に乗って新潟から四国まで行ったこともあった。
この頃、旅行ノートみたいなものを作っていたと思うんだけど、当時付き合っていた人と別れた時に全部捨てたからあまりもう覚えていない。もったいなかったかなって思う時もあるけど、まぁまた行って新しい思い出作ればいいでしょう。

世の中というものがまだよくわかっていなくて、生意気なこともたくさん言ったし態度も悪かったと思う。それをお母さんみたいに注意してくれた女将には年々頭が上がらない。私も大人になったんだな。
親に大事に大事に育てられたから、自分に悪意を向ける人がいるって意識もなくて簡単に人を信じてたくさん傷つけられたな。こういうことは言っちゃいけないんだのストッパーも今より緩かったから傷つけた人も沢山いたんだろうけど。
実家にいる時、感じやすい子だったんだけど社会に出ていろんな人間に揉まれてお化けよりも人間の方が怖いなって思ってから何も感じなくなった。心の成長著しい(視える方のことを幼いって言いたいわけじゃないよ)

結局その旅館は倒産しちゃって、それを機に地元を離れることになるんだけど、あの頃に得たものって本当に大きい。
あまりにも楽しい期間だったから、いま急に仕事がなくなってもリゾバでどっかの海辺に飛んでお金稼げばいいやって思えるの逃げ道があるみたいで心が楽になる。つらいこと(朝早いとか夜遅いとか)もたくさんあるけど、その何万倍も楽しいことの方が多い。
1回、本当に自分に合わない職場にあたっちゃって、行き帰りの電車で涙が止まらなくなったり、家でバラエティみてるのに涙が出たりした期間があったんだけど、そのときもやっぱり前を向かせてくれたのは旅館の仕事だった。
伊豆に1ヶ月の期限付きでリゾバしにいって、満了して帰る時めちゃくちゃ泣いた。楽しい時間が終わるのが惜しくて溢れた涙だった。相変わらず朝早いし、夜遅いし体力もきついときあったけど、でもやっぱり旅館の仕事って楽しくて私には合ってた。
初めて務めた会社ではやな事も沢山あったけど、それ以上に楽しかった思い出が、出会いが、経験が今も私の心の栄養であり支えになってくれている。

大学滑り倒したあの時、もう人生終わりかもってくらい泣いたけど全然終わりじゃなかったな。むしろ始まりだった。
わからないもんだなぁ。生きてみないと。

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