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『ILLUME』とはなんだったのか:第13回:科学・技術という表記

この回を読んだサイエンスシリーズ編集担当だったK氏からコメントをいただきました。今回はそれをもとに書いてみます。

論理が飛躍したり、思い込みで書かれている文章は直す必要がありますが、専門家が誠意を持って解説している文章は、編集部が手を入れる必要がなく、編集部の仕事は、それを補う工夫を考えることだというのも、ILLUME流編集術でした。

表記あるある

ILLUMEでは、表記にも独自の工夫というかルールがありました。

校閲さんとも共有すべく「表記ルール一覧」を作り、それをもとに表記の統一を図ったものです。

多くは、接続詞を漢字で書くかひらがなに開くかとか、送り仮名はどうするとか、英単語のカタカナ表記では、発音に基づくのかどうかとか(Vを使っていればヴとか)なのですが、イリュームならではというか、理系のあるあるとして、理学部と工学部で表記が違う問題というのがあります。

例えば、音引きを使うか否か。

マスターデータというときは、音引きを使うのに、これを略すと、マスタとなって音引きを使わないという情報系のルールがあります。

データをデーターと書く方もいますが、dataなので、データでしょう。

一般的に、工学系は音引きを使わず、理学系は音引きを使いがち。でも同じ言葉が、学部によって表記が違うというのはどういうことなのでしょう。

学術用語集準拠で

明治時代に一気に流入した科学に関する用語は、福沢諭吉や西周などの努力で多くの言葉が日本語に翻訳されました。

しかし、近年では、多くの外国語は、カタカナ表記のまま流通し、その統一を図ろうという努力はあまりなされていません。国はもとより、学会や産業界でも翻訳どころか用語統一さえままならないのが実情です。

そこで、イリュームでは、なるべく用語を統一すべく、こうした専門辞書にあたって用語の統一を図りました。

さらに、文部科学省が発行している学術用語集を集め(なかなか売ってない)それを相互にあたって、なるべく共通の言葉を探していく作業もしました。

今では、オンライン学術用語集などがありますが、当時はまだインターネットが普及しておらず、英語圏ではできている(用語の検索とか辞書のオンライン化とか)ことが日本語では、まだままならない時代でしたので、とにかく辞書をもとにしていました。

文科省の学術用語集とは、次のようなものでした。

○ 難解で多様な学術用語を整理・統一し、平明簡易なものとすることが学術の進歩とその正しい普及にとって極めて重要であることから、昭和 22 年以降、関係学会の協力を得て(科研費により支援)、学術用語の標準化を進めてきたもの。
○ 旧文部省の学術審議会(学術用語分科会)の答申・建議に基づいて、学問分野毎に「学術用語集(○○編)」として編集・刊行。
○ 初等中等教育においては、教科用図書の用語の準拠すべき資料の一つとして「学術用語集」が位置づけ(教科用図書検定基準)。

これも平成13(2001年)年以降はオンライン化がメインで、すでに絶版になっている学術用語集も多いようなのは残念です。

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いずれにしても、こういうところで日本学術会議あたりが活躍してくれるといいのではないかと思います。

科学技術か科学・技術か

前置きとして表記の話をしましたが、K氏からコメントがあったのは、この後の話になります。

科学に関する話題を執筆する際には、science and technologyという言葉の日本語訳として、「科学技術」と四文字熟語のように表記されることが多いのですが、イリュームでは、この表記に当初から疑問を持っていました。

andで結んでいるじゃないか、と。

文部科学省でも経産省でも内閣府でも「科学技術」と表記しています。

科学技術ジャーナリスト会議も、「科学技術」です。

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でも、Science & Technology な訳です。

これが編集人のA氏には納得がいかなかった。

これについて、創刊から関わったK氏からコメントをいただきました。

A氏は、この雑誌をインターナショナルに、そしてグローバルな科学情報誌にしたかった。そのための(全文英訳とは行かないものの)英語表記にこだわった。英語表記だけではない、雑誌のサイズ、判型をレターサイズにもした。ちなみにレターサイズは国際版と呼ばれているが、北米ローカルな規格で、世界規格はISOで規定されたA版になる。しかし、アメリカ文化の影響を強く受けたA氏はレターサイズこそが国際版と主張して通したが、その点に関してツッコミは、当時発行者側、代理店側、編集側からもなかった。
実際、ILLUMEは、在日大使館、公館の科学担当者にもダイレクトメールで送られた(発送は、代理店側がハンドルしていたので、編集側としてはかかわらなかった)。
英文翻訳の過程で、「科学技術」の英訳語は「science AND technology」であることを知った。であれば、科学と技術は別の(コンセプトの)ものではないか? それを「科学技術」と(科学と技術が分かちがたいひとつの単語になってしまう)「科学技術」の表記はおかしいのではないか。ならば「科学・技術」と表記すべきではないか……。たしか、こんないきさつではなかったかと思う。

たかが「・(中黒と編集用語では呼びます)」というなかれ。

英語では「&」で繋がれている単語を日本語では四字熟語表記で良いのか。

これは、翻訳する際には、逐語訳ではなく、そこにある意図、概念、哲学を翻訳しなければならないという考え方だったA氏にとっては重大問題だったのです。

そのため、創刊号に掲載されているイリュームの「刊行にあたって」では、すでに「科学・技術」と表記しています。

私たちの今日は、人類による創造の所産のもとにあり、未来の建設もまた私たちの創造と英知と努力にかかっています。
 この理念のもとに、私たちは、科学・技術の視点から多彩に創造活動をとらえるILLUMEの刊行を企画いたしました。
 本誌が社会の進歩と創造の風土づくりに、いささかでもお役に立てば幸いです。
                          東京電力株式会社

しかし、創刊号ではまだ「科学技術」表記も見られます。

創刊号4本柱のひとつ、村上陽一郎氏の論文のタイトルは、「創造性と日本社会① 創造性と日本文化 −科学技術の文脈から− 」と、中黒なしの「科学技術」の表記でした。

それは、K氏の述懷では以下のようになります

創刊号は、発行までの作業がおしにおされ、何しろ忙しかった。エキスパートによる「校閲チーム」も結成され、編集チームと校閲チームの会議も何回ももたらされたが、刊行の言葉の「科学・技術」と、村上氏の論文タイトルの「科学技術」の表記の違いの指摘は、校閲チームからもなされなかった。編集側も気がつかなかった。なぜそのような表記にしたか(科学・技術)、なぜ表記が違えてあるか(村上論文の科学技術と)、その説明はなされていない。違いの説明はなくとも、なぜ科学技術ではなく科学・技術の表記をしたかの理由は示さなければならなかったと思う、今思えばだが。だがそれ以降、創刊以降の号は「科学・技術」の表記で統一したように思う(自信は無いが(^^;))。

言葉一つにも、納得のいくものを求めて、A氏のこだわりが発揮されていたわけです。

もう一つ、言葉といえば、本誌は科学情報誌であるにもかかわらず、縦書きであることに拘りました。

その理由もあるのですが、この本に書いてあることと重なるのではないかと思います。

著者の松尾さんは、最晩年のILLUMEにおける編集長を務めてくださいました。それだけに、この本にはILLUMEの精神につながる点もあるのではないかと思います。




サポートの意味や意図がまだわかってない感じがありますが、サポートしていただくと、きっと、また次を頑張るだろうと思います。