予兆はありました

というわけで、2007年に発作を起こして救急搬送されたわけですけど。

きっかけは、2004年から働いた月刊誌制作の会社での睡眠不足とストレスがあり、2006年に転職後も結局月刊誌を作る会社に入って、ある程度の徹夜もあり、結局発作につながったという感じですかね。

2004年に入った月刊誌制作の会社は、ものすごくハードで(その後聞いた限りでは労働環境は改善されたとのこと)、3日徹夜したときには気づいたらデスクで寝ていた。そして、近所の蕎麦屋の主人と奥さんが親子丼を作ってる夢を見てた。未だに覚えてるくらいだから、かなり衝撃的な夢だったんだろうと。

大発作を起こしたのは転職後の会社だったんだけれども、その前から予兆はあった。めまいと瞬間的な意識消失。これが仕事中に起こっていた。発作が起こる前は、それが何を意味するものかわからずに、「今日も調子悪いな」と他人事みたいに感じていた。

そういう意味では、てんかん発作はどこか他人事というか、発作が起こっている時間は本人は意識がないわけで、私の場合は症状がひどいときには「自動症」もあったのだけど、意識がない本人は何が起こっているのかわかってない。大変なのは周りの人なんだよね。それをひとしきり見守っていた妻には気苦労かけたな、と思う。

そういうわけで、予兆はありながらも自分では単に調子が悪いだけだと思って放っておいた。それも、障害につながったんだろうなと、あとになって考えたりもした。とはいえ、そんな調子でも普通に働けていたからね。「問題ないよ」って本人は楽観的ではあった。そうね、悪性リンパ腫になるまではね。病気の怖さについて、まともに向き合ってこなかった。

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