地獄の審判

 亡者の長い列。
 その最後尾についた。
 どうもまだ自分が死んだという実感はないのだが、三途の川も渡ってしまったことだし、ここで審判をうけることになるのだろう。
 でかい閻魔様が小さなパソコンを器用に操ってなにか言ってるようだ。
 私の順番が回ってきた。
「名前を」
「深川岳志です」
「かわはさんずい?」
「いいえ」
「たけしは?」
「山岳のがくに、こころざし」
「んー、ふかがわたけし、コントロールWと」
「は?」
「おー、出た出た。あんた名前載っとるで」
「なにしてるんですか」
「これか。これは、『ATOK2009for地獄』に搭載されとる『日本人辞典』じゃ」
「はー。そんなもので審判してたんですか」
「そやかて、わし、あんたのことなんかなんも知らねーし」
「まあまあ、それはねえ。で、なんと書いてあるんですか」
「それは秘密や」
「もう死んでしもたんやからええやないですか」
「属性は犬。えっ、あんた人間と違うのか」
「人間ですっ」
「関西出身、東京で出稼ぎ」
「いやいや、ちゃんと定住してますし」
「新宿で道に迷う」
「どんな辞典やねんっ」
「銀座でも道に迷う」
「うるさいわっ」
「好物はとんかつ茶漬け」
「もうええからはよ判決出して」
「息子は釣り好き。おっ、いま江ノ島におる。ほな、こうしよう。ヒラメが釣れたら、無罪放免。地上に戻ってもええわ。ヒイラギやったら天国行き。ボウズなら地獄行き」
「そんなんありかっ。ちょっとそれ見せて」
 私が必死になってすがりつこうとすると、閻魔大王は、足をずどんと踏みならし、床を踏み抜いた。
 小さな穴があいた。
「ほら、ここから見えるだろう」
 はるか下界に釣り竿を握った息子の姿があった。
「大輔ぇー、気合いいれて釣ったらんかーい」

 なんか聞こえたような気がして、息子は、ふと空を眺めた。

(了)

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