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スキ7

81
noteに発表したショートショートのうちスキが7個以上ついたものをまとめます。お薦め作品集。
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記事一覧

隠しオプション

 息子マニュアルを発見した。本棚の二列目に隠してあった。
 さっそく起動編を読んでみる。

 アラームをセットします。アラームが鳴ります。起きません。アラームは10分おきに鳴ります。起きません。苛立った親が部屋に入ってきて、怒鳴ると、息子は意識を回復します。まだ体は動きません。朝飯を作るとにおいに惹かれてベッドから離れます。ベーコンの焼けるにおいにとくに敏感に反応します。

 まるで見てきたような

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電書鳩

 こんこんと窓ガラスを叩くものがいる。
 正直言って、怖い。
 わたしの部屋は二階にあり、窓は小さなバルコニーとして突きだしており、人間が這い上がってこれるような場所ではないのだ。
 こんこん。
 こんこん。
 わかったよ。
 パソコン画面から顔を上げると、鳩がいた。
「その窓、鍵が錆びて開かないんだ」
 と言って後悔した。鳩にむかって、なにを言い訳しているんだ、わたしは。
 あっちあっちと反対側

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自動メモ

 眼球にレンズを埋め込むタイプの老眼レーシック手術をした。
「レンズといっても、ただのレンズやおまへんで。へっへっへ」
 と、白髭をはやした医者は不気味に笑った。
 無料で手術してもらったので、なにをされても文句は言えない。人体実験である。
 手術がおわると、たしかに、近くのものがクリアになった。メガネなしで新聞の文字が読めるのは感動的だ。
 そこいら中にある文字に挑戦。正露丸小瓶の説明書きはちょ

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テニス道

 家族で食事をしながらテニスの試合を見ていた。
「40オール」
「おっ、拮抗しているな」
「40-55」
「え、アドバンテージじゃないの?」
 妻がやれやれという表情で言った。
「そんなに簡単に勝ち負けが決まるわけないじゃない」
「45-70」
「これ、どこまで行くの?」
「どこまでも」
「テニスのルールってそんなのじゃないぞ」
「225-1000」
 と、スポーツアナが言った。いつでも妻のいうこ

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予告編

 それは突然、脳裏に浮かんで来た。
 自分の生涯の予告編だ。
 石の階段に座ってぼんやり道を眺めているはじめての記憶から始まって、小学校の教室から曇空を眺めている光景とか、グラウンドに寝て雲に向かってだんだん嫌になってくるなあと呟いている光景、同級生から生きてて楽しいことあるのかと責められる光景、はじめて自分の書いた文字が活字になった時の光景、瀬戸内海の孤島に閉じ込められる光景、結婚式で花嫁が指輪

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敗走

「ぴんぽーん」
 どなたですか。
「配送です」
 ああ、はい。
 私はパジャマ姿のまま三文判を持って玄関の扉を開いた。
 ばたーんと、鎧甲を着込んだ男が倒れ込んできた。
 鎧には矢が二本突き刺さり、血が流れていた。
 顔は汗と泥に汚れ、息が荒い。
 救急車を呼ぼうか?
「お、お助けを」
 わかりましたわかりました。ちょっと待ってください。
 携帯ですぐに救急車を手配した。もちろん、鎧や矢のことは伏

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見えない

 新しい種類の認知症らしいとわかったのは、だいぶ症状が進んでからだった。
 大不況と重なったのがまずかった。
 近くのスーパーで日に日に棚から商品が少なくなっていくのは自分でもわかっていたのだが、不況のせいだと思い込んでいたのである。
「商品も少なくなってきたねえ」
 というと、妻は、
「そうねえ」
 と、答えた。
 すでにそのとき、お互い、まったく違うことを考えていたはずである。
 妻は洋服や化

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地域通貨

 八百屋で野菜を買って千円札を出したら、若いアルバイトのにーちゃんに、
「あの、お釣りに杉並円が混じってもいいっすか」
 と聞かれた。
「杉並円?」
「杉並区内だけで使える地域通貨だそうです。杉並銀行に両替に行ったら、これを渡されちゃったもんで」
「杉並銀行?」
「知らないっすか。南阿佐ヶ谷の駅前に出来てますよ」
「いやー、あまり家から出ないもんだから知らなくて。で、いいの、その銀行」
「親切っす

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システムはいずこ?

 再起動します。
 という頭の中の声を無感動に聞いた。
 感情を司る部分が死んでいるのかもしれない。
 視界、ブラックアウト。
 システムが見つかりません。
 再起動します。
 システムが見つかりません。
「びすー」
 システムが見つかりません。
「びすー」
 システムの痕跡発見。
 システムを再構築します。
「おーい、またフリーズしているのかー」
 システム、起動完了。
 アップデートに成功しま

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そこは自分で

「最近、中野ブロードウェイに行った?」
「いや、ぜんぜん」
「凄いことになってるよ」
 と、まんだらけ好きの息子がいう。
「あそこは昔から凄いだろ」
「いやオタ方面じゃなくて、ダイソーがどんどん侵略してきてさ」
「まじで?」
「いまビルの半分くらいダイソー」
「百均だろ? そんなに店広げて、何を置くっていうんだよ」
「なんでもあるよ」
「じゃあ、百円やるからなんか変なもん買ってこいよ。これ、絶対百

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暇人たち

「10万円は大金だね」
「ある意味」
「どういう意味でも大金だろ」
「なんの報酬かによる」
「報酬とは言ってない」
「道ばたに落ちているにしては大金だ」
「そりゃないだろ。風に散ってしまう」
「硬貨かも」
「100円玉で1000枚」
「500ミリリットルのペットボトル1000本」
「500リットルの水か」
「豪華感に欠けるな」
「80円切手なら1250枚」
「そんなに手紙は書けない」
「いまは82

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杉並区、西へ

「きちゃったねえ、東国原」
「まさか総理になるとは思わなかったでチュー」
「なにするんだろうなあ」
「日本解体でチュー」
「どういうこと?」
「あのひとは宮崎県のことしか考えてないでチュー」
「まあ、そうだろうなあ」
「東大や首相官邸やマスメディアや黒字企業はすべて宮崎にもっていくそうでチュー」
「おお、すげえな、それは」
「これからは宮崎の時代でチュー」
「ということはその格好は?」
 びすは三

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ビデオ授業

 予備校の授業が自宅でのビデオ授業に切り替わると聞いた。コロナ対策の一環で、受講代を値下げしてくれるらしい。
 今日はその初日だというのに、息子は学校から帰ってこない。またいつものようにカフェで桜玉吉にトリップしているのかもしれない。
 息子に携帯メールを入れてから、部屋を覗いてみた。
 パソコンの画面がぼーっと発光している。
 時間がくると、ずるっずるっとなにか黒いものが画面から這い出してくる。

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ヒキガエル

 いつの頃からか、庭に一匹のヒキガエルが住み着いた。
 無口なやつでちっとも鳴かない。
 あまりにも静かなので、一度、靴で踏みつけると、ぐえっと言った。
 私や妻が出入りしても姿を見せないのだが、息子が帰宅すると、じっと門の後ろで待っている。
 それで、ぐえっとも鳴かず、姿をみるだけで安心して草むらに帰っていくのだった。
「ヒキコモリっぽいね」
「あいつ、人間の女にはモテないが、動物にはもてるよな

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