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【SS】ろうそく

 中肉中背、三十五歳。名前はナカタ。
 病気と無縁そうなナカタの前に突然、盆の上にろうそくを乗せた死神があらわれた。
「さあ、これがあなたの蝋燭です。長さが寿命をあらわしています」
 落語かと思ったが、茶々を入れられる雰囲気ではない。
「この右側の茶色いろうそくは、ヴィトンのデザイン。炎の上品な質感はピカイチ。真ん中は日光東照宮の眠り猫を作った左甚五郎の作。うつらうつらと眠るような炎が特徴。左側がアントニ・ガウディがひそかに製作していたというろうそく。二百年たったいまも未完成。そして、ここにあるのがおまえさんのカメヤマろうそく」
 ナカタはムッとした。
「さて、ここで人生の大転機。おまえにカメヤマろうそくからブランドろうそくに乗り換えるチャンスをやる」
「えっ、マジで?」
 ナカタは一も二もなくアントニ・ガウディ作の未完成ろうそくを選んだ。いつまでも完成できないイコールいつまでもない死なない。
「うわー。やったー。不死の命や」
「よろしい。では、命の炎を移し替えましょう」
 死神はうやうやしくカメヤマろうそくの灯を傾け、ガウディろうそくに近づけて、「あっ」とうれしそうに叫んだ。
「さすが未完成ガウディ、まだろうそくの芯が入っておりません。あ、消える消える消えてしまう」
「うわあ。やめてください。やめて。カメヤマのままにして」
「ああ、消える消える」
「やめてやめて」
 みなさんも、死神の誘惑には気をつけましょう。十中八九、性格が極悪です。

(了) 

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