いててて

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「あっ」
「あっ」
 出会い頭の熊。私も驚いたが熊も驚いた。
「おまえ、耐震強度の検査とか言ってうちを壊した熊だろう」
「クマー」
 逃げるな逃げるな。
 ちょっと距離をとって熊は立ち止まった。
「飛び道具は持ってないクマー」
「意外と臆病なんだな」
「なぜかひとに恨まれているでクマー」
 なぜかじゃねえよ。
「おまえなあ、熊のくせに卑怯だぞ。どうして民家ばかり吹っ飛ばして、マンションには手をつけないんだよ」
「マンションは無理でしょう」
「急に醒めるな」
 熊は後ろを振り向いて、「ししょー」と吠えた。
 ん、熊の師匠って?
 見ただけで腰を抜かしそうな、というか、実際抜けたのだが、傷だらけのでかいヒグマがあらわれた。
「この人がマンションをやらないのは卑怯だというでクマー」
 うわー。チクるんじゃねー。
 が、ヒグマ師匠は怒らなかった。
「ま、そうだな。そろそろやるか。門下を集めろ」
 どこにいたのか、十匹以上の熊がうようよと集まってきた。
「ではこれから破壊検査を始めます。おまえら散ってこのマンションを取り囲め」
「これ、ちょっとデカくないすか」
 一頭の熊が十階はある大規模マンションを見上げてぶーたれた。
「そういうこと言ってるから、子供にブロックで殴られんだよ」
「ひー」
「人になめられたくなかったら、さあ、踊れー」
 ヒグマ師匠は怒号した。
 熊たちがどすこいどすこいと四股を踏むような踊りを始めた。地面が激しく震動する。
「もっと速く速く」
 景色がブレ始めた。
「さあいくぞー」
 転がるようにしてマンションにぶつかっていく熊たち。
 どおんと大きな音がして土煙があがり、しばらくはなにがなんだかわからなかったが、やがて四方八方に転がっている熊たちの姿が見えた。
 マンションはびくともしない。
「合格です」
 と師匠は言った。

(了)

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