水の流れ


 用もないのに東急ハンズをうろうろしていたら、店内で迷ってしまった。
 中五階とかよくわからないフロアを突っ切って歩いたのが敗因。
 しかし、いくら迷ったって最終的には外に出られるに決まっているんだから、そのまま棚を見て歩いていたら、妙なものを見つけた。
 川、という商品だ。
 川が商品になるのか?
 持ってみると、ずっしりと重い。二個入りで三万円。
 上流と下流のセットと書いてあった。そりゃそうだな。
 どうにも興味を引かれてしまったので、配送の手配をして、店員にエレベーターの場所を聞き、ぶじ脱出することができた。
 数日後。
 届いた川の箱をあけてみる。緩やかな円錐形の物体が二個。裏側には「上流」と「下流」と書いてある。重さは一個15キロ。
 台所と居間のテレビの横に置いてみた。べつに水を引き込む必要はないらしい。ボタンを押して作動させてもなにも起きなかったので、だまされたかなあと思いながら寝た。
 翌朝、気をつけてみると、ちょろちょろとした水の流れができていた。猫が喜んで水を飲んでいる。
 上流から下流にたどり着いた水は、そこで魔法のように消えてしまう。構造はわからないが、循環しているとしか考えられない。
 川はだんだん幅を増していった。橋をかけるほどではないけれど。
 ある日、息子が釣り糸をたらしていたのには笑った。
 「おまえ、釣れると思っているのか」
 「まあ、ヒマだし」
 「魚が住むには水がきれいすぎるよ」
 「そうだよねえ」
 あれから何度も東急ハンズに通っているのだが、川を買った売り場は見つからないし、聞いても「そのような商品は取り扱っておりません」という返事だ。
 ところが、これも毎日予備校帰りに寄っていた息子が偶然たどり着き、川シリーズの商品で「藻」を買ってきた。
 「これで魚、育つかも」
 「だなー」
 ほんとに魚が釣れるようになってしまった。

 ある日、川の中から、いかにも水の苦手そうな魚が鰭を懸命に動かして床に這い上がってきた。
 ここで流れている時間は、川の流れのようにというほどのんびりしたものではないようだ。

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