犬おじさん

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 犬おじさんは一人ではない。
 いろいろな街にほぼ同時期に発生したと言われている。
 詳しいことを調査しようとした学者はみんな喰われてしまった。
 だから、ビルの最上階に住み、ぼんやりと街の姿を眺めていたぼくが報告しようとおもう。
 ぼくの街の犬おじさんは浮浪者だった。リヤカーにいろいろなものを積んで犬を三匹ほど連れて歩いていた。
 だんだん犬が増えてきたなあ、と思ったぼくは、おかあさんにそう言ってみた。するとお母さんは不況だからねえ、と言った。
 不況だからみんな犬を捨てるんだそうだ。
「かわいそうに」
 とおかあさんは言った。
 一度、人に飼われた犬は自分で生きていくことができないから、おじさんにエサをもらっていたのだろう。
 十匹、百匹と増えてくると、おじさんも困ってしまった。自分の食べるものにさえ困っているのに、大勢の犬が「オナカヘッタヨー」と自分をみつめるのだ。たまんなかったのだとぼくはおもう。おじさんと犬は保健所を襲撃し、犬はどんどん増えた。
 おじさんと犬はペットショップやコンビニや、いろいろな店を襲うようになった。
 みんなは逃げようとしたが、道路には犬が満ちているから、車は動かない。
 おじさんを中心に犬の輪がひろがり、街から人やモノが消えた。
 警官隊もおとうさんもおかあさんも喰われてしまった。
 もちろん、店の人も喰われてしまった。
 ぼくはおかあさんの言いつけを守り、ビルの部屋に鍵をかけてけっして外には出ない。
「水と食料は、山でそうなんしたつもりで食べるんだよ」
 とおかあさんが言ったのぎりぎりまで我慢している。
 そして、ずっとニュースを見ている。犬のニュースばかりだ。自衛隊も、犬にはかなわなかった。
 いつしかニュースも止まってしまった。
 ビルから見下ろすと、犬たちが街を出ていくところが見えた。あの真ん中に、おじさんはまだいるだろうか。それとも、もう喰われてしまっただろうか。
 本能を取り戻した犬たちは荒野に踏み出していく。
 ぼくは、どうしよう?

(了)

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