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【SS】白飯が来れば


 日野警部との待ち合わせ場所に、目黒考次郎はヨロめきながらあらわれた。
 「おい、大丈夫か、目黒君」
 「腹減ったっす。だいぶ来てます」
 「なにが?」
 「不況が。探偵業は構造不況業種ですし」
 「そんなもんかのー」
 警部行きつけの焼き肉店「朦朧亭」に到着した。
 ぐるるる、と目黒の腹が鳴る。
 時間が早すぎて、まだ客は一組しかいない。
 「肉、食いましょう。肉。あ、白飯は最初からもってきて」
 目黒の神経はもはや食欲の一点に向かっているようだ。
 主人自ら肉を運んできてくれた。
 すでに二種類のタレやサンチュはテーブルの上に並んでいる。
 目黒がぶちまける勢いでカルビを焼き網の上に放り投げたとたん、主人が棒のように倒れた。
 腰に長細い包丁が突き立っている。目を見開いたまま、口の端から血がしたたり落ちる。
 「きゃああああ」
 と、卓で焼き肉をつついていた女性客が絶叫する。
 奥さんらしき人が走ってきて、第二の悲鳴。
 日野警部は本部に連絡したり、主人の死を確認したりと大慌てだ。
 『お静かに、お静かに。みなさん、その場を動かないでください。こら、目黒っ。証拠品を食うなっ」
 「白飯っ。奥さん、白飯をっ」
 と目黒は叫んだ。
 「ここは殺人現場だ。もう飯はあきらめろ」
 「いやだ。白飯を食わせてくれたら、すぐ事件を解決します」
 警部は悩んだ末に、「奥さん、すみません。白飯を」と頼んだ。
 目黒は瞬く間にカルビとキムチで白飯をやっつけると、満足げな顔をして「ああーっ」と場違いな声を出した。
 「奥さん」
 「おい、注文はいい加減にしろ」
 「あなたが犯人だ」
 「なにをいう」
 警部はあわてた。
 「あなたは鍼灸の資格を持っていますね」
 「えっ?」
 「レジの奥に鍼灸師の資格証が飾ってありました」
 「そ、そうですが」
 奥さんは目を伏せた。
 「警部。死体の上着をめくってください。背中のあたりに鍼があるでしょう」
 「ち、ちょっと待て。あ、これか」
 「それ、腰痛をおさえるツボです。最初に鍼を打ってから、腰に包丁を突き立てた。ご主人はなにも気づかずに肉を運んできて、ここで死んだ。そういうことです」
 「きゃああああ」
 第三の悲鳴が聞こえた。
 夜の飯時に向けて出店してきたアルバイトの女の子の叫び声だ。
 「原因は三角関係。ということで、ご馳走様でした」

(了)

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