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 杉並区高円寺図書館の改装が終わった。
 長い長い改装だった。どこをそんなに改装したのだと思い、散歩がてら見に行くことにした。
 びすがポケットに潜り込む。
 外はいい陽気だ。
「あれ、どこが変わったんだろう」
 とつぶやいてから、私は入り口の横にごく小さなミニ入り口がついていることに気づいた。
 ポケットから顔を出したびすがさっそくミニ入り口に飛び込む。
 ひょっとしてネズミ用に改装していた?
 いくら杉並区とはいえ、まさかそこまではなあと思いながら、ガラスの扉に近づき、私はガラスに激突した。
 てててて。
 ねずみ用は自動扉なのに人間のほうは手動らしい。
 押し開けて中に入る。
「チューッ」
 びすは開架棚を見て大興奮している。人用の本棚の横にねずみ用の豆本棚が設置されているのだった。
 豆本を手にとってみたが、うん、たしかによくできている。
 しかし、ねずみが「風の歌を聴け」を読むか?
「読むの?」
「海辺のカフカは面白かったでチュー。あの本を読んでから図書館にあこがれていたでチュー」
 うーん。ひょっとしてこの全国で初(にちがいない)のねずみ用図書館が生まれたのは、びすのリクエストかもしれない。というか、こんな発想をするねずみはこいつくらいしか思い浮かばない。
「びす、びす」
「なんでチュか」
「車谷長吉の新刊が入っているか、検索してくれる?」
「わかったでチュー。灘の男が入っているでチュー」
「それ予約ね。あ、豆本じゃないほうで」
 図書館のシステムを使うより、びすの電脳から検索、予約してもらうほうが楽なのだ。私にとって、びすは究極の音声入力システムである。
 われわれは図書館内をうろつき、座り、ソファにふんぞりかえり、最終的には仲良く十冊程度の本を抱えて、帰路についた。
 あたたかく、平和な休日の午後だった。
 本に囲まれるのは気持ちがいいし、選ぶのはエキサイティングだが、読むのはたいへんだ。
「がんばろうな」
「がんばるでチュー」

(了)

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