【SS】別の生

「姫川さんていつもぼっーとしているよね」
「そうかしら」
「意識ここにあらず、という感じ」
「ここ退屈だからさあ」
「捜査課にいて退屈だって言えるの、姫川さんくらいだけどね」
「まあね」
「なに考えているんです」
「六本木の店のこと」
「えっ。店、持っているんですか」
「実物はないけど。空想の中で。いまちょうど仕込み時でさ。今日の突き出しはどうしようとか、そういうことを考えている」
「毎日ですか」
「毎日だね。もう客筋も固まってるからね」
「店の名前、なんていうんですか」
「夏子」
「ホントにあるんじゃないですか」
「ないよ」
 事件が起きて、五味川刑事は現場へ。姫川はあいかわらずソファにでれっと寝ころんで、「夏子」のことを考えていた。
 午前二時頃、へろへろになった五味川刑事が六本木を通りかかると、「夏子」のネオンを見つけた。
 まさかなあ。
 いったんは通り過ぎたものの、どうしても気になって引き返す。
 分厚い木の扉をノックすると、女の子が顔を見せた。
「すみませーん。ここ会員制なんですけど」
「姫川ママの知り合いなんだけど」
「お名前は」
「五味川」
「ママー、五味川さんて人が」
 相手にされず、追い返されてしまった。
 明日、一見の客を追い返したかどうか、聞いてみよう、と五味川は思った。

(了)

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