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【SS】市場原理

 オレは岸和田支社長の職務をこなし、ようやく東京本社に戻ってきた。
 あいかわらず、社員を企業に見立てて投資する仮想相場システムは流行っているらしい。オレも上場廃止もやめて、仮想相場に復帰する。
 アルファ製薬やベータ商事も導入したという噂を聞いた。
 同僚の野村が「うちの相場がなんか変なんだよなあ」とぼやく。
「おまえ、いつもぼやいてるね」
「だってさ、計算があわねーんだよ」
「なんの?」
「おまえ、時価総額ってわかる?」
「バカにしてんのかコラ。現在の株価に発行株数を掛けたやつだろ」
「おお。知ってたか。株式市場でひとつの企業の時価総額が上下するのは当たり前だ。だけどさ、うちの社内相場は総ポイント数が一定だろ。社員全員のポイントを合計したらつねに一定になるはずなんだ」
「だよな」
「それがならない。減っているんだ」
「……どういうこと?」
「わかんねえよ。だから変だっていってるだろ」
 吉原は人事部に乗り込んだ。
 このシステムを考案したと噂されている等々力砂夫に直接聞いてみる。
「なんだかうちの相場がおかしいですよ」
「お。鋭いなおまえ。もう気づいたのか。実はまだ実験段階なんだけど、アルファ製薬のポイントと互換性を持たせてみたんだよ。取り引きできるのは部長より上の役職だけだけどな」
「そんなことしてなんの得があるんですか。うちのポイント減ってるじゃないですか」
「そりゃま、誰でも勝ち馬に乗るわなー」
「うちは負け馬?」
「うちには、スター社員がいないんだよな。企業間の壁を越えて名前を知られているような人間。たとえば、アルファ製薬には、何年か前にノーベル賞とった研究者がいる」
「あ、いたいた」
「あのひとが一人でポイントを稼いでいるんだ」
「土井博士だっけ」
「そうそう。やっぱ人事部的には会社の顔になるようなスター社員がほしいわけよ。たくさんの会社からポイント集めたら、どっかーんと昇進するでしょ。そういう仕掛けを作りたいんだよね。投資したやつも小遣い稼ぎできるし、一石二鳥ってわけ。で、全社的に解禁したら、君、うちの役員に投資する?」
「あー、うー」
「だろ? そういうことなんだよ」
「岸和田支店創設というのはポイントになりませんかね」
「それはどちかというと黒歴史だな」

(了)

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