派遣斬り

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 薩摩五郎は特殊な派遣会社に所属している。いわれなき迫害を受ける派遣社員は、自分の身を守る術を会得する必要があった。
「あなた、これを」
「うむ」
 妻が持ってきたのは、江戸時代より伝わる家宝の日本刀だった。
「本日もご無事でお戻りくださいまし」
 薩摩五郎が出社して、第二営業部に向かって歩いていると、いきなり斬りかかってきた者がいる。即座に切り倒してから確認すると、中村課長だった。
 その頃、社長室では、重役たちが雁首をそろえていた。
「まだ派遣斬りは終わらんのか」
「ひとり、えらく強い者がおりまして」
「うちは江戸時代より続く旗本直参の同族会社であろう。非常時には身内だけで結束するのじゃ」
「そういわれましても、この泰平の時代、みな、武芸などたしなんでおりませぬゆえ」
「大変です大変です」
 大塚部長が駆け込んできた。
「中村課長が廊下で惨殺されました」
「なにっ」
「薩摩に斬られたのか」
「そうです。真っ向から斬りかかっていったようで」
「あのバカっ」
 と、社長は口汚くののしった。
「これだから剣道大会優勝なんてやつは使えん。廊下の曲がり角で不意打ちしろとあれほど言ったではないか」
 この人は……と、重役全員があきれているところへ、当の薩摩が乗り込んできた。
「昨日よりの殺し合い、いったいなにごとでござる」
「ええい、キサマみたいな派遣など、こうしてくれるわ」
 社長自ら備前長船を構えたが簡単に刺し殺されてしまった。
「人員整理したいならしたいと言えばいいではござらぬか」
「武士は食わねど高楊枝。クビを切るくらいなら、人を斬る」
 と叫んで、重役たちも次々と襲いかかってきて結局、全滅してしまった。
「おぬしは」
「あ、私、人事部の吾妻と申します。ええと、収益の悪化に伴います人員整理対象者は五十名。いま、達成しましたので、今回はこれまでということで。あなたは引き続き、働いていただいて結構です。死体は工場の下に埋めておきますのでご心配なく」
「正当防衛だから自分の身は心配しておらぬが」
 と薩摩は言った。
「この会社の将来が心配だよ」
「私どもも以前からたいへん憂慮しておりまして、返り討ち専門の派遣会社にお願いをした次第です。このたびの人員刷新で、この会社もなんとか生き返ることができるかもしれません」

(了)

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