みんな病気

「頸椎ヘルニアらしくてなあ」
 と電話口で弟が言った。腕が痛くてあまり動かないそうだ。
「お大事に」
 というほかない。
 そういう私は不眠症で、ベッドの上で眠れない。床の上で数時間の仮眠をとるのがせいぜいだ。朦朧とした頭を抱えて打ち合わせにいく。
 編集者は胃痛で青白い顔をしていた。
「どうしたんです」
「胃潰瘍。穴があいてるの」
「入院しなくていいんですか」
「そんなヒマなくて、薬でおさえてる」
 そのまま違う会社の担当者に会うと、彼はインフルエンザだと診断されたそうで、このまま直帰するという。
「ごめん。ひとりで取材に行ってくれる?」
「いいいですけど」
 頭、回ってないけど、大丈夫かなあ。
 取材対象者は、包帯だらけで杖をついていた。現場で、鉄鋼が落ちてきたのだという。よく生き残ったものだ。
「もしもし」
 携帯電話に出ると息子だった。
「あ、とーちゃん。腹痛いから早退する」
「どうした」
「拾い食いしたまんじゅうに当たったみたい」
「いい歳して拾い食いしてんじゃねえ」
 あわてて家に帰ると、息子の顔は蒼白だ。さっそく救急病院に連れて行く。
 病院は、もはや戦争状態だった。
 病気やら怪我やらで、半死半生の人々の群れ。
 もちろん、そういう状態の時にしか行かない場所ではあるけれど、これはあまりにも多すぎはしないだろうか。
 息子は緊急入院となり、その顛末をうつで入院している妻に電話で伝えた。くれぐれも絶望して死なないように伝えた。
 外に出たとたん、発作が来た。
 なんの発作かわからなかったけど、ゆっくり近づいてくる地面を見ながら、これでようやく一人前かなあと思った。思っているうちは、まだ、生きている。

(了)

お気に召しましたら、スキ、投げ銭をよろしくお願いします。

ここから先は

78字
この記事のみ ¥ 100

新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。