【SS】聞き水

 浄水器が壊れたので、水道水をコップに入れて飲んだ。
 ざわめきを感じる。
 耳を澄ますと、たしかに、なにか音がする。
 ざわざわとしか言いようのないなにか。
 最初はまさか水の音だとは思わなかった。
 気がついたのは、修理が完了して、また浄水器の水を飲んだ時である。
 静かなのだ。浄水器を通した水は沈黙している。
 いろいろと人に聞いたり、ネットを検索しているうちに「聞き水」という行為を知った。各自が自分の家の水を持ち寄り、いろいろな場所の水の声を聞くイベントが、全国各地で発生しているという。
 近くの自治体の施設に出かけてみると、案の定、「聞き水会」という予定が入っていた。参加してみた。
 最初はなかなか聞き分けができなかった。
 どの水の音もざわざわざわとしか聞こえなかったのだ。
「そのうち、あなたの耳にあう水ときっと出会えますよ」
 範囲を広めることにした。
 はじめてはっきりと聞き取れたのは、
「おい、帰るぞ」
 という声だった。
 ふるさとの伊丹の水。貯水池は昆陽池。
 渡り鳥である白鳥の声が水のなかに残っていたのだった。
 それ以来、水の声を聞くのが私の趣味になった。
 ゲリラ豪雨が当たり前になったある日、新宿歌舞伎町を歩いていると、突然、天の底が抜けたような豪雨に襲われた。
 私は天を向いて、雨水を飲んだ。
「おい、危ないぞ」
 と水が言った。
 目が光をとらえた。耳が轟音を聞いたのは、そのずっと後だったような気がする。

(了)

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