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【SS】エコハウス

 大文字長治郎のビジネスは最初から躓いていた。コンテナハウス社はまともな住宅を購入できない人のためのコンテナハウス住宅を販売しようとしたが、ぜんぜん売れないのだ。
 長治郎は、最低限快適な生活をするためには、シャワーは欠かせないだろうし、ベッドもいるし、キッチンも、トイレもなどといろいろ悩み、結局はキャンピングカーもどきのコンテナを作ってしまった。これでは安く売れないし、移動のためのトラックも特別仕様のものが必要になる。
 もともと顧客として想定していた超低所得層とはまったく相容れない商品になってしまっていた。
「いっそのこと叩き売りましょうか」
 と部下がいう。
「待て待て。やけになるな」
「でも、もう全国に、地価の安いところばかりとはいえ、土地を手配してしまっているんですよ」
「だよなあ」
「肝心の家が売れなきゃ、困ります」
「しょうがない。作り直そう」
「どうするんですか。もう社内ではさんざんアイデアを出し尽くしたじゃないですか」
「だから、外部に頼もう」
「外部って?」
「実際に住んでもらう人たちだよ」
 長治郎の頭の中には、撤去されてしまった、新宿地下街のアートハウスが強烈に残っていた。個性的な絵が描かれた段ボールハウス群である。
「あの人たちを探してくれ」
 やがて、何人かが見つかった。
 デザイン画とスペックだけでいいから低価格住宅を設計してほしいと依頼すると、出てきたのはやっぱり段ボールハウスだった。
「これでいいみたいですねえ」
「せめて防水加工だけ加えて、これで作ってしまえ」
「トイレや水や電気は?」
「土地のほうにインフラだけ作っておけば、あとは住む人がなんとかするんだろう。これなら居住権込みで十万円で売れるな」
「法律はどうします?」
「住宅というから、いろいろ言われるんだ。不動産投資ってことにしよう。段ボールハウスも引っ越しもおまけ」
 宣伝費もないから、口コミである。毎日のように派手なアートハウスを積んだ2トントラックが走り回っているのがいい宣伝になった。十万円住宅の噂はあっという間に広がった。
 取材に来た女子アナは言った。
「移動するホームレスにしか見えないんですが」
「でも、これが本来のエコ生活ですよ。なんでも人力でこなさなきゃいけないんですから」
 エコ好きを標榜している女子アナはぐっと詰まってなにも言えなくなった。
「あなたもひとつ、どうです?」
「い、いえ、けっこうです」
 しかし、その女子アナがエコハウスを買いに来たのは、たった半年後のことだった。ブームとはまことに恐ろしい。

(了)

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