無敵の人

 武蔵があらわれた。
「待たせた」
「いざ」
 と、真剣を構えた浪人は、ぎくっと一歩ひいた。
 武蔵が腰からぞろっと抜き出したのが、出刃包丁だったからである。
「きさま、ふざけているのか」
「料理して進ぜる」
「……」
「……」
「それは、比喩ではないのか」
「……」
「……」
「ない」
 包丁より剣のほうがずっと長い。突き刺してやればすぐに勝負はつくと思うのだが、出刃包丁を握った武蔵の姿が、武人としてではなく、料理人としてどんどん大きくなってくる。
 いままで斬り死にする自分の姿を思い描かぬ日はなかったが、料理される自分の姿は想像したことがない。恐怖が止まらなくなった。
 浪人は背を向けると、一目散に逃げ出した。

 料理人宮本武蔵は不戦不敗の人であった。

(了)

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