追跡者

 あとをつけられている気配がする。
 細い一本道。電信柱には薄暗い街灯がともっている。
 家まであと五分。
 すっと、身をずらして、横道に隠れた。すこし猫背の男がきょろきょろしながら通り過ぎていく。
「おい」
「おっ」
 男は驚いて飛び上がった。
「おまえ、誰だ」
「あー、わたし。わたしは神です」
「かみ?」
「不幸じゃない神」
「どんな神様なんだよ」
「不幸そうに見えるけど、土俵際いっぱいでこらえている人にとりつく神様です」
「オレがその土俵際いっぱいなのか」
「気づいてないんですか?」
「うーん。まあ、仕事は不安定なフリーランスだし、収入はぎりぎりを下回るくらいだし、妻はうつで入院しているし、息子は学校に行ってるのかいないのかよくわからないし、猫はところかまわずうんこするし、あんまり幸せじゃないな。でも、自分は健康だし仕事だってあるんだから不幸でもない」
「だから、わたしがついて歩いているんですよ。こっそり振り返ってください。ずっと向こうの電柱から顔を出している男がいるでしょう」
「ああ、茶髪のロン毛」
「あれが不幸の神です」
「派手だね、どうも」
「あいつは足が速くてねー。あなたやあなたの両親がボケたり、取り引き会社が潰れたり、火事で家をなくしたりしたら、あっという間にあなたの背中にひっつきますよ」
「おっかねえ」
 すっとやわらかい手が、私の脇に差し入れられた。
「ん?」
「アナタは不幸なんかにならないわよ」
「あなた、誰」
「アタシは、幸せじゃない神サマ」
「また出たよ。ややこしいのが」
「アナタ、最近、自分のためにお金使ったことある?」
「うーん。百均で老眼鏡を買った。靴は穴があいて雨の日なんかはびちゃびちゃになるけど、まだ買い替えられない。息子の予備校代は何十万も支払ってるけど」
「そういうのがいいのっ。未来への希望なんだから。ねっ。ものは買っちゃったら、もうその先がないのよ。あいつが」とロン毛を振り返り、「やってきちゃうわよ」
「幸せの神様っていうのはいないのかねえ」
 私はため息をついた。
「いない」
 と、ふたりの神様が声を合わせていった。
「そんなことをいうやつはインチキ野郎だよ」
「うそ」
「アタシが最上位の神様なの」
「わたしではないでしょうか」
「どっちでもいいよ」
 家についたので、ふたりの神にお茶をふるまった。
 茶髪のロン毛は悔しそうな顔をして、窓から私を覗き込んでいた。

(了)

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