おはよう

 交通事故にあって、二十年間眠っていた。
 目覚めたとき、奇跡だと言われたが、ほどなくとんでもない悪夢の中にいることがわかった。
 病院の知らせで駆けつけてきた息子は、見知らぬオッサンに見えた。私が植物人間化したとき高校生だったのだから当然だ。妻は老婆である。えらそうに言っている私もじじいだ。もう七十歳だというのだから驚く。
 とはいえ、病院で健康状態をコントロールされ続けてきた私は血色もよく、体調も悪くない。
 それに比べ、息子と妻は悲惨だった。やせこけ、顔色は悪く、服はユニクロを5シーズン着続けたくらいボロボロだ。
 原因は私の高額医療費にあった。
 なんと七十歳までは、国民健康保険が十五割負担なのだという。
「ふつうに払うより高いやないかっ」
 と私は痰の絡んだ声で叫んだ。
「しょうがないやろ。高齢者医療を支えるためには、下の世代がよけいに払わんと」
「それで」
 と私は声を低めてきいた。
「高齢者って何歳からやねん」
「七十歳から」
 と妻。
「ほな」
「今日から無料のはずでした」
 私たちは声を合わせて嘆息した。
「なんて間の悪い……」

(了)

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