道2

【現代麻雀への道】2 日本への伝来

北の果てから日本侵略を開始!?

昭和の始め、「ワシは大連(タイレン)で覚えて雀歴ウン十年じゃ」ってな雀歴自慢が活発だった。つーことは明治時代に中国で麻雀した人はいっぱいいるはず。といっても、記録がなくて定かなことはわからない。

日本に麻雀を伝えた第一号は名川彦作氏となっている。この人が国内に牌を持ち込んだ最初の人物というわけ。
彼は日本語教師として中国に赴任して、明治43年に帰国した。帰国後は樺太の女学校教師になるのだが、持ち帰った麻雀牌で同僚とプレーするだけでは満足しなかった。なんと女生徒たちにも課外の科目として麻雀を教え、卒業生が結婚する時には牌を嫁入り道具の一つとして持たせたという。

女学校というと、「えっ、お金を賭けるんでございますか? いま持ち合わせがあまり…、まぁ、お金がなければ代わりに体で? あっあっ、それ以上お近づきになったら、わたくし自害いたします!」ってな昭和エロ小説的な妄想をいだく人もいるだろうが(いないか)、そんなことはあり得なかった。当時の女学校は、現代のお嬢様学校よりはるかにお嬢様しているところ。象牙の牌って高級感があってステキ、くらいのものだったろう。

この名川氏の伝来以降、麻雀が急速に広まっていったかというとそうでもない。まだしばら くの間は誰も知らない外国のゲームでしかなかった。

ここから先は

1,207字
この記事のみ ¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?