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「売れない○○」であり続けるために

今回ご紹介する本はこちら。

芸人という病 - マシンガンズ・西堀亮 (単行本) | 双葉社 公式 (futabasha.co.jp)

要するに「売れない芸人のドキュメンタリー」なのですが、何と言ってもこの本の魅力は、成功した芸人の昔話ではなく現在進行形で売れていない芸人さんたちの「生き生き」というか「生々しい」実態の告白であるところでしょう。
データとして、各芸人さんの毎月の収支が掲載されているのもリアルです。

私自身「売れない図書館司書」なので(いや仕事はフルタイムでやっているのですが、月収としては売れない芸人さんと大差ないという…)、そしてしつこく辞めないので、他人事とは思えません。

とてもいい本なのですが、ひとつの疑問も湧きます。

「売れない」けど「辞めない」ことは、そんなに常軌を逸した選択とされるべきなのでしょうか?

芸人に限らず、俳優・ミュージシャン・漫画家・小説家など、ある年齢に達した時点でそれで食べていけないと「いいかげん諦めてカタギになれ」と説教される仕事はいろいろあります。

でも「それ一本で生活費全額を賄えないことは仕事として続ける価値がない、すべて趣味か遊び」という前提が間違っている、という可能性はないでしょうか。

たとえば作家で言えば、紫式部は『源氏物語』の原稿料や印税で生活していたわけではありません。彼女の本業は宮仕えであって、現代で言えば宮内庁職員みたいなものでしょう。カフカは、労働災害保険協会の官僚として死ぬまで実直に勤め上げました。文豪ゲーテにいたっては、法律家・政治家・色彩理論家・鉱山検査官・水利事業監督官など副業が多すぎてわけがわからないくらいです。歴史的には職業としての小説家が誕生したのはつい最近です。

芸人の仕事では食べていけないからバイトを続けている、というのはご本人としては不本意かもしれませんが、そのバイトにしても清掃業なり飲食店なり、社会の役に立ち必要とされている仕事なわけで、芸に専念できるはずがろくなコントや漫才もやらず、司会者や審査員として偉そうにしているだけのどこかの大御所芸人より、職業人としては立派ではないでしょうか。

芸や表現という観点でも、それだけで食べていることが質の向上をもたらすという根拠はありません。むしろプロとして狭い世界に閉じこもることで表現の幅が狭くなる恐れもあります(カフカの小説世界もあきらかに官僚としての勤務経験が生かされています)。また脳や体の同じ箇所ばかり酷使することになり(売れっ子漫画家だとずっと座りっぱなしだったりしますよね)、健康にも良くないです。

むしろ問題なのは「新卒でサラリーマン以外の進路を選んだ人に異常につらく当たる社会システム」です。
フルタイムでない勤務形態でも社会保障がきちんと適用され、休業補償や傷病手当、失業給付が受けられること、研修やスキルアップの機会があり、それがきちんと評価に反映される社会のほうが、文化産業的には活性化するはずです。
(鈴木あかね著『現代ロックの基礎知識』では1980年代のイギリスで充実した失業保険が誰にでも受けられたことが、その後 Oasis などブリティッシュ・ロックミュージシャンの活躍につながったことが指摘されています。この本もいろいろとおもしろいのでおすすめです)
そもそも50歳で「やっぱり芸人辞めて就職しよう」となったとしても、それはそれでいいはずです。定年延長のご時世なので、70歳まで働くとしてもまだ20年もあります。高収入にはなれないでしょうが、それまでまじめにバイトを続けていたなら、それをフルタイム契約に切り替えて食べていけるくらいの収入になりさえすればやっていけます。人生の一時期芸人を目指したことで、懲罰のように困窮しなければいけない社会はおかしいです。

「売れない芸人」として生涯お笑いを追及し、死んだあとで「あいつはいい芸人だったよ、売れなかったけど」と言われる人がいてもいいのではないでしょうか。





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