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「武蔵野プレイス」はひとつの風景をつくりだしたのか─背景が語ることはなんなのだろうか3


「ランドマーク」は物語を生む.


グーグルで「東京タワー 映画」と検索してみる

リリー・フランキーの『東京タワー』が登場する.また右側には江國香織による恋愛小説が検索結果として出てくる.言うまでもなく東京タワーは多くの物語のモチーフとなってきた.


次は「おばけ煙突 映画」で検索してみる

見たことはないがアニメ作品とおばけ煙突を中心とした物語「煙突の見える場所」という作品が出てくる.またおばけ煙突をご存知ない方はこち亀の「おばけ煙突が消えた日」を読まれるといいだろう.昭和の東京においてその存在が大きかったのかが分かる内容になっている.このようにおばけ煙突もまた物語を生み出す磁場として存在した.


次は「スカイツリー 映画」で検索してみる

あれ.映画館の情報しか出ない.検索の条件を変えて「スカイツリー 物語」と検索してみても,建設までのプロセスを追ったものや技術的な解説をした書籍しかヒットしない.築年数が浅いゆえにしょうがないかと言えるかもしれないが,スカイツリーが物語を生み出す磁場となり得るのかと言うとそうはなっていないようだ.


「ランドマーク」は物語を生む.

と考えている.例えば,エッフェル塔では松浦寿輝氏による「エッフェル塔試論」がある.これはエッフェル塔の伝記を読み解きながら文化的・社会的・政治的物語を浮かび上がらせるとてつもない本だ.

古典的な「表象」の崩壊に代わって「イメージ」の出現という出来事が成立する時点において、恐らくエッフェル塔とは、西欧の表象空間に起きたこの地の竣工の日付をこの認識論的断層の上に重ね合わせることが可能であるように思える。エッフェル塔の伝記を辿ってゆくとき、こうした「近代」的な「イメージ」の生成過程と、それを可能ならしめた文化的・社会的・政治的力学の諸条件が、或る模範的な姿で浮かび上がってくる。近代と表象とをめぐるさまざまな問題を体現した特権的な塔を透徹した論理と輝かしくも華麗なエクリチュールで徹底的に読み解く記念碑的力作。

これは考察だが,ある種の物語とも言える.

エッフェル塔や東京タワー,おばけ煙突のようにさまざまな物語が登場すること自体が「ランドマーク」の持つ磁場と言えるのかもしれない.いや,「ランドマーク」ではなく「キャラクターを持った建築物・構築物」と言い換えていいかもしれない.

さて,スカイツリーの例を考えてみる.この建物には付随する物語がまだ表出していない.(もちろんこれから登場してくるかもしれない.)しかし,これだけ巨大でキャラクターを持った構築物がその対象にならないと言うことは時代の感覚が変わったと言えるということかもしれない.(「ランドマークが機能しなくなった」東京と「ランドマークが描かれない」東京─背景が語ることはなんなのだろうか2


と前置きが長くなってしまったが,そんなことを好き勝手考えていると,最近ある建築が画面の中によく現れていることに気づいた.


それが武蔵野プレイスである


まずはこの建築について簡単に解説する

武蔵境駅前に建つ,図書館・生涯学習・市民活動支援・青少年活動支援などの機能を併せ持った複合機能施設.2004年に行われた設計プロポーザルによって設計者が選定された(本誌0403).「ルーム」と呼ばれる曲面の壁と天井によるシェル状のユニットが連続する構成.

画像・文章共に「新建築データベースβ」より引用

武蔵野プレイスはkw+hg アーキテクツという設計事務所によって設計された文化施設だ.竣工から7年ほどが経ち,周辺の住民の憩いの場となっている素晴らしい建築である.一目見たら忘れない外観が特徴だ.



日曜の昼下がりの穏やかな休日,とか言うやつ

さて,どんな作品に出ているか見ていきたい.イメージを出せないのがなかなか辛い.

『じょしらく』

『絶望先生』久米田康治氏とヤス氏による日常系落語アニメ?.落語アニメと言いつつ,たまに挟まる東京案内回で武蔵境が取り上げられた際に登場.プロポーションがおかしかった.


『SHIROBAKO』

見てないのでなんとも言えないが,アニメ業界を目指す女の子の話らしく,武蔵境が舞台らしい.なので作中になんども出てくる.こちらが詳しい.


『甘々と稲妻』

妻を亡くした犬塚が娘・つむぎの子育てに奮闘する中で「食」を通じて絆を深めていく...という作品.この作品ではOPのみに登場する.漫画原作の作品だが,漫画では武蔵境などの描写は存在していないことからアニメにするにあたって追加された要素だろう.


『電影少女 VIDEO GIRL AI2018』

桂正和氏による『電影少女』の25年後を描く作品.第5話にて登場する.


これらの作品において武蔵野プレイスは共通して「多幸感のある昼下がりの風景」を喚起させるシーンに登場する(そして内部は登場しない).では,なぜそうした共通する要素を持つのか考えてみる.

この建築の持つ特徴(外部に関して)として

駅前に建つ

前面に広場(公園)を持つ

広場(公園)にはストリートファニチャーが設けられている

特徴的な外観を持っている

が大きく挙げられる.その観点から考察してみる.


駅前に建つ

地図を見てみると驚くほど駅前に建っていることがわかる.特に駅前広場が設けられていないこの周辺では人が多く行き交い,滞留する,とても賑やかな場所になるポテンシャルを持つ場所だと言える.(そして,ロケがしやすいというのもあるかもしれない)


前面に広場(公園)を持つ

結構これが重要なことなのではないかと思う.建物を引いて撮ることができるというのはアニメやドラマなどの画面設計上かなり有益なことなのではないか.そして前に空地があるおかげで,この建物は低層ながら特徴的な画をつくり出すことができている.


広場(公園)にはストリートファニチャーが設けられている

公園にはSANAAのdrop chairが散りばめられていて,至るところに座る場所がある.単純なようだが,これは重要なことで腰を落ち着けられる場所が多いということは人びとを滞留させることのポテンシャルに繋がる.そして,この建物は低層だからこそ,周辺のストリートファニチャーに人が座ったりすることで画として建物との親密感がより高まる.考えてみると,『東京タワー』にしろ『おばけ煙突が消えた日』にしろ,そこには手の届かない巨大な構造物に対しての哀愁や寂しさがあったように思う.そこでは,建物との親密感という視線はなかった.


特徴的な外観を持っている

武蔵野プレイスはまるで宇宙船か船のような丸っこい窓を携えた愛嬌のある外観をしている.出隅もアールで圧迫感も少ない.これは上ふたつの要素と相性がよく,建物が低層で人間との距離が近いからこそとっかかりやすい「キャラクター性」みたいなものが重要になる.シンプルとも言えてしまう構成ながらもその立ち姿にはかなり注意が払われている.


以上の要素を見ていくと,この建物が「多幸感のある昼下がりの風景」を想起させるシーンに登場する理由としては,この建物自身が現実においてそうしたイメージを喚起させるシーンをつくり出しているからで,そこには建物の配置や周辺環境との関係,外観のつくり方が強く作用している.



「ランドマーク」ではなくとも物語の磁場を持ちうる

さあ,全然まとまっていませんが,締めに.

最初に「ランドマーク」は物語を発生する磁場を持ちうる,と書いたが,この建築はいわゆる「ランドマーク」ではなくとも,建築は物語の磁場を持ちうることができるというメッセージを秘めているように思える.

それは前回のエントリで触れた『君の名は。』の背景のあり方だ.

『君の名は。』は新しい時代に適応した作品である。そしてこの作品では「私(=瀧)」と「世界」は対峙せず、その境界は曖昧になっている。「世界」は「私(=瀧)」の思い通りに変質する。歴史は単線ではなく、改変可能だからこそ「私」と「世界」は対峙する必要がない。そして断片的で複雑な語りには「私たち」が入り込むことができる「隙間」が無数に存在している。そこには意味の押し付けは必要なく、「私たち」が入り込んでいくための「器」となる「風景」があればいい。であるならば「ランドマーク」を描く必要はない。むしろ「ランドマーク」が持つ意味が邪魔になってしまう。

そして,『君の名は。』で採用されたのは「歩道橋」などのアノニマスなものだった.

しかし,武蔵野プレイスは意味を押し付けることのない「器/風景」として,いくつかの作品に登場した.これが何を意味するかはわからない,おそらくこれは建築の新しい表象の現れではないだろうか.

「器/風景」としての建築.「ランドマーク」としてではなく物語の磁場を発生させる建築.

時代感覚の変化の萌芽とも言えるのではないだろうか.スカイツリーのような「ランドマーク」ではなく,武蔵野プレイスのような「器/風景」としての建築が物語の磁場を発生させる.

いくつかの作品を観て,そんなことを考えた.


全然まとまらない...笑

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