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ニセコクラシック2023 85km 19-39 7位

昨年春のレースで全滅したもののなんとか調子を戻して善戦できたので悪い印象はないニセコクラシック

今年はシモガク→湾岸に進学したメンバー3人でチーム戦、エイジ表彰台狙いで行ってきました。

出発まで
前回のターゲットレース沖縄の終了後は致命的な弱さの短時間パワー改善を目指して意図的に乗車時間を減らす方向で練習。
〜3月ごろまではCXをシリアスになりすぎない程度にエンジョイしつつ筋トレに励む。

最繁忙期の3月半ば過ぎからは高強度系にシフト。いつも通り平日はITOCの香取コーチのメニューにトライしつつ、週末はロング系の内容を進める。
2023年からは実業団登録をしており掛川→群馬→木祖村の代走&おんたけHCとレースに参戦。
その他は今年からお邪魔している保田練を中心に房総に通い詰め鹿野山を含む120km〜150km前後という練習を繰り返す。

直前
前年のデータを見返し10分5倍を達成できていればいいセンで新見を登れるのではと予想。
直前に不動峠で達成してフィットネス面では一定の自信を持てる。

伊賀先生のところにも通いメンテナンスしていただき体調も問題なし。

車両は掛川前に交換したタイヤは2000kmほどの走行でリアがお疲れな感じだったので思い切って前後交換。
チェーンは超音波洗浄したままRDも外して何も着いてない仕様の自転車をシーコンに詰める(FDは元々ない)、超楽ちん。
懸念のコネクトも現地で新品にチェンジ。

現地入り後
金曜朝の便で新千歳着、勝負どころの新見〜黄金温泉〜ニセコ関門までを試走、昨年の情報をチーム員に伝える。
森の奥のコテージを一棟借し沖縄に引き続き進学メンバー中心に自炊タコライス→塩パスタ生活



土曜
150kmメンバーも含めてフルコースを車で試走→受付に向かいながらラスト5kmも試走。
無人販売所で見つけたニセコ名産のアスパラガスも楽しむ。


騒ぎ放題の宿でよかったものの風呂だけ残念だったので数百m先の日帰り温泉へ。
内房さんの宿だったことが判明、オッティモさんの宿はうちの林の真裏あたりだったようなのでここは千葉県ニセコ市って感じで安心感。
早く床についても眠れないのはいつも通りなのでマッサージガンを当てつつ昨年のレポートをもう一度読み返しながら22:00頃就寝



当日
レースまではちょっと遠回りして移動してアップ。道中朝焼けの羊蹄山が美しくこれだけで北海道来た甲斐があったなと感じる。

会場には6:00前に到着、39歳以下の最前列を3人揃って確保。

機材、補給
SL7PRO+Red AXS1x
F/RAlpinistCLX+33T 5.0Bar

カフェイン200mg
ACTIVIKE スピードウォーター40+パラチノース20/750
水/500
Mag-on3

レースレポート

昨年と同じくnon-UCIカテゴリは最後尾からスタート。
前年同様ローリング中から前へ前への動きを意識しアクチュアルスタートの坂は先頭付近で突破。マークしているRX遠藤さん、TRYCLE.ingの田渕君は絶対に行かせないという意思表示を見せつつ展開開始。
その場では感じなかったものの、前年の5分4.5倍を頭に入れていたが終わってデータを見返すと4分半5.3倍となっていて明らかに去年よりキツい初動だった模様。

開始早々10km付近の下りで大きな落車があったものの幸い道の反対側のいたため事なきを得る。

チーム員が気になるが全員残った!と聞こえ玉木くん、シンゴちゃんの2人も生き残り一安心。

妻含む女子の競合選手が漏れなく巻き込まれるような状況であった模様、お怪我をされた方の1日も早い回復をお祈りいたします。

日本海までは向かい風、折り返してからは追い風というプロフィールを頭に入れて前半は力を使いすぎないよう意識。

それでも気持ちがはやるところを練習仲間のゲンさんから「力使いすぎるなよ」と声がけいただき冷静になる。

名駒の登りは前年苦しい思いをしたので湾岸メンバーは前目で入るとの打ち合わせ通り先頭から5番目あたりで突入。駆け上がっていく強豪選手をチームメイトたちがマークしながら進んでくれる中登坂担当の自分はパワーの上限が出ない感触でジワっと遅れる。

レジェンドの三船選手が近くにいたことに加え追い風なこともあり冷静に集団復帰。

その後の広大な平坦区間で一度大きな逃げが出てしまったもののシンゴが乗ったためメイン集団で待機。

微妙な距離だったものを玉木君が集団を引きはじめ吸収、自分は名駒であまり調子が良くなさそうだったこともありじっと耐える時間を過ごす。

最大の仕事場、新見の登りまでの距離が近づき不安が募る。一仕事したはずのシンゴが「新見までは連れて行く」といいながら苦手な交差点ダッシュを埋めてくれる気遣いに応えないわけには行かない、とスイッチが入る。
尻別川沿いで先頭に上がって新見には一番手で突入。

最後の房総練では玉木くんに先頭まで連れて行ってもらい潰れるまで引いてもらう作戦を練習したりしたものの単独でそこに上がれたのでやっと身体が温まってきた?

昨年の情報を読み解き50代の西谷さんを中心に総合力のあるメンバーが飛び出しスプリンターの多い39歳以下と別れる展開になれば前に飛びついてしまう。
そういう動きを狙ってみたものの想像以上に前の引きが強烈、2ふん経過時にレシオベストを出しそうな強度だったがメータは見ずに耐えるもで5分ほどで距離が離れ始める。

数名39歳以下と思われる茶色ゼッケンも含まれており後手に回ってしまう。田渕君が最終便というタイミングで後方から飛んでいきここがレースする上での最後尾に変わったことを察する。

RX遠藤選手に声掛けしてもらいながら後ろにシンゴを背負いペースコントロールしながら補給所を通過。遠藤さんは勾配が緩んだところでダッシュしてしまうがシンゴと離れてしまったので一拍待ってからジワっと追いかける。
正直に言えば一度ここでレースが終わってしまったと思ったが二段目に入ってから前が緩んだため奇跡的にシンゴを前に戻すことに成功。
そのまま自分も戻れてしまって驚く。

思えばスプリンターとベテラン中心の85kmで10分5倍近いハイペースを刻んでいればその後緩む可能性があったのなあと妙に冷静になったのはレース後。

弱虫ペダルみたいだろ?なんて笑い話をしていると「もう一回行くよー!」と田渕君が勢いよく下り出すので追走。2人で先行する形になってKOM地点に向かう。

一切前には出れなかったので山岳賞争いなんんて考えもしなかったものの通り過ぎる時に(そういやこれエイジ内の山岳王だったじゃん)と気づきながら通過。

パノラマの下りに入ると田渕君はメインに戻る選択を取ったのでしばし単独先行。
コミッセールからは逃げが2名と聞いたもののゼッケンカラーすらわからないので気にしても仕方ないと頭の中からは振り切る。
新見手前から攣り始めていた脚はふくらはぎに始まり内転筋、四頭筋、ハムと全方位が攣ってしまうのでパノラマラインを下りながら回す、伸ばすなどあらゆることを試す。

このままここで終わりか、と覚悟したものの黄金温泉の補給所に戻る頃には回復してきたのでもう少しレースが続く。

最後に一仕事のつもりで黄金補給所でアタック。
出力はほとんど出ていないので効果の程は不明なものの黄金の坂にはまたしても一番手で進入。8分我慢と思いながらラップボタンを押して4.5倍ほどで耐えるもののポジションはズルズルと下がる。
アスタマ田村さんから始まる前のペースが辛く、ジワジワと後退するなか田渕君が背中をポンと押してくれる優しさが沁みたが登り切りでは距離が空いてしまう。

が、みたび下りで復帰。
保田練でまこっちさんの下りを涙目になりながらついて行ったのに比べれば全然なんとかなる範囲だった。

両サイドじゃがいも畑、眼前に広い空という最高のロケーション、前にはRXはじめ有名どころのジャージばかり。一年前には想像もできなかった位置でラスト10kmを走っているのは感慨深い。(満身創痍だけど)

ニセコ関門手前、2分ほどの登りも位置を整え踏んでいくが登り切りでシンゴもろとも遅れてしまう。
なんとか最後に戻そうと考えるも「もう無理」という言葉が聞こえたところで自分の脚も止まる。
最後の勝負が始まっている中では力及ばず気持ちの応援だけで先に送り出し先頭からは離れてしまう。

先頭ゴールには残り5km、10分足らずが耐えられなかった。

その後は同じく耐えきれなかった数名とグルペットを作りつつ向かい風の中ゴールへと向かう。最後のスプリントには参加せず安全にゴールまで。

レースを終えて

送り出したシンゴは牽制で止まった先頭に復帰し4人でのエイジ優勝をかけたスプリントに挑むものの百戦錬磨のスプリンター相手に敗れ4位。

自分はシングルギリギリかな?と思ったら所望外の7位フィニッシュ。

スプリント参加してたら5位もあり得たのか、と思うと勿体なかった気もするが全部攣ってるような状態で無理してもロクなことにならないのは明白なのでこれ実力だったと思って受け入れるほかなし。

念願かなって大きなレースでチーム戦を仕掛、レースの一端を担いながらある程度走れたことはとても楽しく嬉しかったものの3人掛かりでもまだ表彰台には手が届かなかったことは悔しく思います。

終始積極的にレースを作る側にいた田渕くん、遠藤さんが1、2ということは納得いくとともにまだまだ高い壁があることを感じました。

最終局面に残ったことはうれしく思うものも、レースの最後5%はどんなにパワーデータを解析しても映せない何かがいるような、そんな精神力の闘いを感じました。
ニセコ駅の坂ではエイジないで4、5位を2人で走っていたのだから心折れている場合ではなく何かの間違いが起きるかもしれないと信じて前を向いて踏み続けるべきだったように思います。
前日から、スプリント力が皆無の「自分は残ったところで賑やかしに過ぎないから」なんて笑い話をしていたものの
・選択肢が増やせたかもしれない
・戻る過程であと100m風除けになれたかもしれない

などと浮かんでくる反省点を前に
想定の甘さ、苦しみに対する甘え
があるように思います。

至らぬ所だらけですが一定のリザルトを残せたのはあらゆる方面でサポートいただいている皆様のおかげです。いつもありがとうございます。

難しいからこそ楽しい、次は沖縄へ。
そろそろ恥ずかしがってる場合ではなく、形に残して覚悟を決めていく。
11月にはおきなわ100kmの頂点を狙ってまた積み直します。

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