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ひとりで旅するわけ

私は、1976年に生まれたポスト団塊のジュニア世代。
小学生の頃がバブル景気の全盛期でした。

1983年に任天堂からファミリーコンピューターが発売され数年後、我が家にもファミコンがやってきた。家族みんなでスーパーマリオやアイスクライマーで遊んだ楽しい思い出があります。

バブルは1989年にピークを迎え1991年に崩壊しはじめました。

バブルが崩壊して不景気になり企業の多くが新卒採用を減らしたり、見送ったりしました。いわゆる就職氷河期。大学を卒業しても正社員になれず非正規雇用やフリーターになる人も多かった時代でした。

私は、専門学校卒業後、契約社員で販売の仕事をはじめました。
当時の私は、積極的にチャレンジしようと言うより企業に採用されて
仕事がもらえるだけありがたいと思っていました。

お給料は、18万前後。ボーナスも退職金もない。洋服の販売なので制服として自社製品の購入も必須。限られたお金で生活をしなければなりませんでした

独身の時は、実家で暮らし毎月5万円を生活費として両親に渡しました。
お弁当と水筒を持ち職場に行き食費を節約。
店頭で着用する服は、着用が終わるとヤフオクで売り、得たお金で次の服を買いました。

そして2010年に結婚。
ゲームに関わる仕事をする男性と結婚。家には、Wiiやプレステなどゲーム機が多数ありました。たまに一緒にゲームをすることもありましたが、ゲームに対する興味はありませんでした。

結婚当初、夫から日本は人口が減少していくから将来に備えておかないと大変だよと話があり、家や車、子供も持たず将来に備えました。夫と生活スタイルやお金の考え方は似ていたのでストレスは、感じませんでした。

その後も2011年東日本大震災、2019年コロナウィルスの流行など
不安になる出来事が続きました。

ゼルダの伝説との出会い

2018年のある日 シューズの接客中にしゃがんでお客様にフィットの確認や説明などを行った後、立ち上がった瞬間に膝に激痛が走りました。

左脚の膝関節が曲がらなくなり病院に向かいました。
診察後、2週間自宅療養と松葉杖生活に。

動けない私に夫がSwitchと”ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド”を貸してくれました。
正直『戦うゲーム苦手だな・・・』と思いましたが、いろいろ心配して世話をやいてくれるので1回だけやってみようと電源を入れました。

ちょっとだけプレイしてみようと朝から始めた”ゼルダの伝説”でしたが、気づけば夕方になっていました。

なんだかんだで7時間以上プレイしている・・・
何でこんなに夢中になっているのだろう?

戦うゲームだと思っていたら

レベルを上げるために無理して戦う必要はない。

『あそこに行ってみたい!』と思えばどこにでも行ける。

料理をしたり狩りをしたり空を飛ぶこともできる。

広い世界を冒険するからこそ巡り合える人との交流。

知らない町に着いた時の散策のわくわく感。

自分がやりたい事は、何でもできる!

自由度の高いゲームの世界に魅了されていました。

私だけの冒険へ

様々な不安があり、段々と身を守ることに重点を置いて生きるようになっていました。

そんな時、ゼルダの伝説の自由度の高い世界に触れ、現実世界も自由なのにいつも同じことの繰り返しでこのまま人生を終えていいのかなと考え始めました。

たまには、リンクのように美しい日本の風景を楽しみながら、自由気ままに知らない土地を散策し、さまざまな人々と出会いたい!

そんな想いで旅をしています。

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