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「圧力とダイヤモンド」 ビルヒリオ・ピニェーラ

山辺弦 訳  フィクションのエル・ドラード  水声社

「圧力とダイヤモンド」


昨日から少しずつピニェーラの「圧力とダイヤモンド」を読んでいる。ピニェーラはキューバの作家。アレナスのちょっと先輩で、アレナスはピニェーラの写真を飾りながら自作を書いていたという。
一方ピニェーラの方は徐々にキューバ革命政府と折り合いが悪くなり、1960年代後半のこの作品では、作品中に出てくるデルフィという最後は二足三文で売られてしまうダイヤモンドの名前が、アナグラムでフィデロと読める(もちろんカストロの名前)…なんていう、大阪冬の陣みたいな言いがかりで、居場所がなくなっていく。
現在では、名誉回復し、キューバ国内でも全集が出ているという。

さてさて、物語は、ダイヤモンドの仲買人である語り手が、あるきっかけで人間による圧力による陰謀を感じ、その圧力回避の為、何か喋らなくとも周りの人間とつながっていることを実現できるものが大流行し(トランプゲームなど)、最後には周りの人間は地球から脱出してしまう、というもの。

  誰もがその皮膚の下に、幻滅と言う名のしなびた花、くしゃくしゃになった証書を秘めているということだ。
(p30)

冷凍保存の大洋へ船旅…


今のところ第5章まで。何故か知らないけど、どうやら人と話したくない人達が多くなってきて、その時流にのった様々な変なことが流行る。全く会話のないトランプゲーム(カナスタ)、ヨガみたいに身体を収縮する、そして身体冷凍保存…その究極の到達点がこの小説では地球からの離脱ということになるのか。そうした中、語り手のダイヤモンド仲買人は、些細な抵抗らしきことをするのだが…

  失礼ですが、断絶してしまっても何も起こりませんよ。世界が我々の手中でばらばらになってしまうわけではありません…。世界は歩みを止めることはない。どうやって歩んでいけるのかって?  コミュニケーションなきままに、ですよ。人々はコミュニケーションを取ることをやめてしまった、それでもあなたと同様まったく生き生きと熱を帯びているでしょう。
(p40)


カナスタ仲間?の男の言葉。そんなことができるのかって…現にこの世界でも普通に行われていると…

  もし人から食卓での喜びを、関係性から成る暮らしを、苦しみを、一言で言えば、人間の圧力を取り除いたら、一体何が残るっていうんだ。
(p64)


こっちは仲買人自身の言葉なのだが…あれ、人間の圧力こそ何かの陰謀と結びついていたのではなかったっけ。ここでは何らかの倒置が作者によって行われている。それが何かは、まだ二転三転しそうな現段階では迂闊には言えない。
(2020  02/01)

「圧力とダイヤモンド」朝持ち越しでじっくり読了


昨日読み終えることもできたけど、ちょっと眠かったので、翌日回しにして、今朝読み終えた。

 この陰謀はー《終末の陰謀》という言語道断な名で呼ばれていることを思い出して頂こうー、作り上げた者たち自身によって暴かれ、自らの灰から生まれ変わる。いや暴かれるんじゃない、覆い隠されるのだ、猫が自分のフンを土で覆うように。
(p119)


陰謀に立ち向かう一人のドン・キホーテにしては、絶えず揺らいでいるが、そこがまた人間としての存在なのだろう。そここそにピニェーラの創造する人物の魅力がある。そして、陰謀、圧力というものは結局人々自身で作り上げている、というのもピニェーラのずっと貫いているテーマ。
長編小説「レネーの肉」「ちっぽけな演習」の抑圧的人間社会を作り上げている人間たち、そこから逃走していこうとする主人公。ただ本作においては語り手の言動は途中で反転する。ただ周縁的位置というのは変わらずに。

ピニェーラについて補足


革命前に彼はアルゼンチンに三度断続的に滞在、当時同地に亡命していたゴンブロヴィッチと意気投合してアルゼンチン文壇を批判するパンフレットなどを作成している(そういえば、ゴンブロヴィッチとの共通点は結構ありそう、あと先程挙げた「ちっぽけな演習」のあらすじ読むと「バートルビー」なども)。

そしてキューバ革命。初期こそピニェーラは革命を支持して雑誌編集長なども就任するが、徐々に革命政府の抑圧的な部分に反発していく。1961年の会議におけるピニェーラの発言を引いておこう。

 言いたいことは、私は非常に恐れているということだ。なぜ恐れているかは分からない、でも言わなければならないことはそれに尽きる
(p167 ギジェルモ・カブレラ・インファンテの回想から)


この小説内にあっても全く不思議ではない文章…
でも、革命の精神そのものには希望をみていたことは、この作品のフィデルのアナグラムとされたデルフィのダイヤモンドひとつをみてもわかる。確かにそれはトイレに流された(詰まらなかったのだろうか?)、でも、語り手はその価値を取り戻そうと決意しているのだ。
(2020 02/03)

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