「トランジット」 アブドゥラマン・アリ・ワベリ
林俊 訳 水声社 フィクションの楽しみ
ジブチ人の知識人層でフランスに来て現地の女性(ブルターニュの人)と結婚し、またジブチに戻った二人、そして男の父と、息子。
この四人に対し、バシール・ビン・ラディンと勝手に名乗る小学校を出たくらいの話っぷりで政府軍に動員され、和平後は解除されたものの給料が支給されない男の乱暴な言葉が対比される。
それぞれの語りの言葉の堆積と明滅を刻み付けていく。そういう小説。
この小説の一つの祖型は「失われた時を求めて」らしい。
プロローグでド・ゴール空港に着いたところから始まる作品は、エピローグでまたド・ゴール空港の直前の場面に戻ってくる。円環の構造。その理由は作品内に書かれている、とあったけれど、明確にそう示している箇所はなかった。この文章辺りがその理由付けのところか。
この作品、ジブチの内戦の話なんだけど、作品世界の射程は驚くほど広い。作者はインド仏教にも明るい人なのではないか…書物は読まれることは決して無いのか…
難民は言いたいことが山ほどあるのに、それらがわれもわれもと出ていこうとするため、言葉の「交通渋滞」を起こす、という。祖父は遊牧民の過去を伝えることができる(上のp79の文は祖父のもの)。しかし、過去から切り離されたその次の世代は現在しか生きる場所がない。そこで生きる為には…
(2020 10/11)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?