【短編小説】この物語の主役は、現在、脇役の気持ちが分かりません

「なあ、秋津は脇役の気持ちが分かるか?」
「……突然どうした?」
 目の前にいる俺の同期が、突然意味の分からない言葉を発した。
「もしかして漫画とか小説とかの話か? 俺はあんまり詳しくないけど」
 俺はその真意を測りかね、とりあえず思いついたことを言ってみる。そして、目の前のローテーブルに置かれたピザへと手を伸ばした。
 目の前の同期――清水も同じくピザへと手を伸ばす。宅配ピザのバイト終わりについでに俺が社割で買ってきたものだが、二人でLサイズ2枚は多かったかもしれない。夜とはいえそこまで遅い時間でもないから、大学の研究室に他にも誰か残っているかと思ったのだが誤算である。残っていたのは清水一人だけだった。
「いや、そうじゃない。俺が言ってるのは『人生における脇役』ってことだよ」
 清水がそう説明するがますます分からない。本人は説明しているつもりなのだろうが、俺には残念ながらピンときていないのである。
 そんな俺の内心を表情から読んだのか、清水はピザを食べる口を動かしながら説明の仕方を考えていたようだ。そして指についたトマトソースを舐め取り口の中のものを飲み込むと、再び説明し始める。
「ほら、『自分の人生の主役は自分だ』なんて当たり前のことだろう? 少なくとも俺はそうだ。でも、世の中には自分の人生ですら自分を主役だと思えない人もいるらしくてな。俺にはそれがよく分からないんだ」
「ああ、そういうことね」
 意味が分かった俺は思わず呆れてしまった。もしかしたら表情にも出ているかもしれない。
「それはお前が恵まれてるからだよ」
 俺は端的にそう答えた。だってそうとしか言いようがない。
 一流と呼ばれる大学の大学院に通え、もうすぐ前期博士課程も修了し、就職も一流企業に内定が決まっている。しかも研究者としても一流で、教授は清水が就職するのを真剣に引き留めようとしていたらしい。これが恵まれていなければなんだというのだ。
 そして、世の中には勉強したくても出来ない環境にいる人たちだって大勢いる。
 俺も立場としては研究室の同期である以上は清水と似たようなものなのだが、自分が恵まれている側だということくらいはわかる。そこが分からないというのは、自分の研究以外に興味がない清水らしいといえばらしい。
「ふうん、そういうものか。じゃあ具体的にどうすれば脇役になれるんだ?」
 案の定、清水はよく分かっていないという雰囲気で変わらずピザを食っている。特にそういう意図はないだろうが、普通の学生でしかない俺への当てつけか嫌味だろうか。これだから優秀すぎる人間というのは困る。
 だがその時、俺は一瞬魔が差してしまった。
「これは言うべきかどうか迷ったんだけど、実は俺、二十年後の未来から来たお前と会ってるんだよね」
 俺のその言葉を聞いた清水は、ピザを食べていた手をピタリと止め、こちらを凝視してきた。思っていた以上の食いつきである。
「お前はこの後の二十年間で、想像を絶するほどの苦難を味わい苦境に立たされるらしい。そういう経験をする中で、お前は脇役の気持ちがわかるようになったってさ。人生には自分の力では抗えないものがあるんだって気づいたとか何とか」
 俺が笑いながらそう言う。
 だが、清水が真剣な目でこちらを見つめ続けていることで、俺の笑顔は徐々に引き攣っていった。これでは冗談と言い出しづらいではないか。
 いや、こういう真剣な表情で今の与太話を聞くと言う行為そのものが、こいつの冗談なのだろうか。もしそうだとしたら笑えない。
 そうして俺の背中に変な汗が滲んできたところで、清水は口を開いた。
「秋津。その『想像を絶するほどの苦難』というのが具体的に何なのか聞かなかったか?」
 清水の表情は真剣にしか見えない。これは俺がいつも見ている研究者としての清水の顔だ。どうやら本気に捉えているらしいが、それはそれでどうかと思う。
「いいや、未来のことは喋らない方がいいと判断したらしい。詳しいことは聞けなかったよ」
「そうか」
 俺のその適当な返答に対し、清水は何も追及してこなかった。
 だが清水は何やら考え込んでいたかと思うと、突然得心がいったとばかりにニヤリと笑みを浮かべた。そして再びピザへと手を伸ばし一口齧る。
 しばらくピザを咀嚼していた清水は、それを飲み込むと俺にこう告げてきた。
「つまり、俺は二十年後には大成功を収めているということだな!」
「……は?」
 あまりにも話が飛びすぎていて俺には理解が出来ない。どうして真逆の結論に至るのだろうか。論理が飛躍しすぎるのは清水のいつものことだが、本当にこういうところはやめてほしい。
 だがさすがの清水も話が飛びすぎていると理解していたのか、俺に向かって説明をし始めた。
「これまでの歴史において、未来人がやってきたという記録はない。しかし、お前は俺が未来からやって来たと言う。それはつまり、俺が未来においてタイムマシンを開発したということじゃないか」
「……あ、そっちに着目するんだ」
 どうにも予想していない部分に注目されてしまい、冗談を言った俺としては虚を突かれてしまう。
「苦難の内容について聞けなかったというのは、おそらくそれが二十年後の俺がついた嘘だからだ。二十年後の俺は何らかの理由で『タイムマシンを将来作る』という情報を現在の俺に伝えたかったんだろう。それもとんでもなく回りくどい方法でだ。その理由は分からんが、俺は『将来、タイムマシンを作る』という事実を無事にこうして知ることができた。タイムマシンを作れる人間だなんて、やはり俺は人生において主役に他ならないじゃないか」
 馬鹿なのかな?
 俺は内心で思わず突っ込んでしまう。どこをどう聞けば俺の与太話をそこまで膨らませて妄想できるのだ。
 その後も清水はペラペラと今の話をさらに展開して膨らませているが、さすがに俺も呆れてしまう。
 そして同時に俺は理解し、戦慄した。
 清水は俺が想像できないほどの自信に溢れた人間なのだ。それも、「将来タイムマシンを作る」なんて話を本気で信じてしまえるほどに。
 それは一歩間違えば道を踏み外しかねないほどのものだが、だからこそ清水は「自分の人生の主役」であり続けられるのかもしれない。
「……なあ、今の俺の解釈はどうだ?」
「悪い、さっきの話、全部嘘」
「嘘だと?!」
 さすがにこれ以上黙っていてはいけない気がしたので、俺はネタバラシをする。嘘をついた俺が悪いのだが、さすがにこんなに荒唐無稽な話を本気で信じないでほしい。
 そして当然だが、清水はムスッとした顔をしている。だが、ピザを食べる手は止まっていないところを見ると本気で怒っているわけではないようだ。
「悪い悪い。お詫びに脇役になる方法を教えるよ」
「今度は嘘じゃないだろうな?」
 疑わしげな声を清水が発する。それは当然だろう。
 俺は苦笑しながら「本当だよ」と答え、その方法を伝授した。
「お前が今食べているピザは俺が持ってきたものだ。俺がいなければお前はこうしてピザを食べられていないわけだ。ほら、ピザを食べているお前は今、脇役になってるだろ?」
「なんだそりゃ」
 今度は清水が呆れたような声を出した。そこまで呆れなくてもいいではないか。
「でも、そういうものなのかもしれないな」
 清水は同時にそう呟く。
 誰だって人生の主役であり、同時に誰かの人生の脇役でもあるのだ。そして、俺たちはそのことを実感するにはまだ若すぎる。
 将来、本当に清水がタイムマシンを作るかどうかは分からない。だが生きていく中で、多くの人の人生と交差することにはなるだろう。
 その時、俺も清水も誰かの人生の脇役になっているに違いない。その実感は湧かないが。
 そうしてくだらないことを考えながら、俺は自分が持ってきたピザにかぶりつくのだった。

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