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涙のあと

あ!またあの人間がきたぞ!
逃げろ逃げろ

最近
ぼくたちが住む川原に
人間の男の子がやってくる

彼がやってくると いつもぼくたちを
ぽんぽんと川に投げ込む

中には他の石にぶつかって
割れてしまう仲間もいる

だからぼくたちは
男の子がくると
とても嫌な気持ちになって
彼のことを恐れている
今日は誰が投げられるのかと

男の子が近づいてくる

仲間たちがざわつく

ぼくは思いきって
彼の近くにいることにした

「危ないよ!そんなに近くにいたら
投げられてしまうよ!」
「それでいいんだ
ぼくは前から彼に聞いてみたいことがあるんだよ」

彼がぼくをつかんで
川に投げ込もうとした

ぼくは彼に問うた

「どうしてきみは
いつも悲しそうな顔をしているの?」

ぼくの問いが彼に届かなければ
ぼくは川に投げられるだけ
砕けるかもしれない

でも聞いてみたかったんだ
だって彼はいつも
本当に悲しそうだったから

彼は投げようとしていた手を止めて
ぼくのことをしげしげと見た

ぼくはもう一度聞いた

「どうしてきみは
いつも悲しそうな顔をしているの?」

彼ははっとした

「誰もぼくの気持ちをわかってくれないんだ」
「どうしてわかってくれないの?」
「ぼくにはやりたいことがあって 高校へ行くつもりはないのに 親も先生も高校は行っとけって言うんだ」
「きみの気持ちは話したの?」
「言ってみたけど わかってくれない」

「きみがやりたいことって何?」
「ぼくは着物職人になりたいんだ 着物の糸をたくさん染めて 色を組み合わせて 着物をつくりたい」
「だからぼくにはもう 学校の勉強は必要ないんだ」

「今ぼくに話してくれたみたいに 親や先生に話してみた?」
「ここまでは話していない」

「きみが着物の話をしてくれたとき きみはとても輝いていたよ どうして着物職人になろうと思ったのか そのことだけを話したらいいんじゃないかな
 だってそれは きみを動かすエネルギーだから」

「ぼくは石だ きみみたいにあちこちと好きなところへ行くことはできない
きみがここへくることを待っていて
きみがきたときに できるだけ近くにいるようにするくらいしかできないんだ
 でもきみは いつだって どこへでも行ける
それはすごいことだと思うんだ
動けるなら やりたいことをやり尽くせばいい
ぼくはそう思うし もし動けるならそうしたい」

彼の目から
ぽろぽろと涙がこぼれた

ぼくは彼の涙色に染まった

「きみが染めたいように 染めたい色をつくるんだ
そしてきみだけの着物をつくればいい」

彼は泣きながら
ありがとうと何度もつぶやいた

「ぼくたちはいつもここにいるよ
またここへ来たくなったら いつでもおいで」

彼は立ち上がった
ぼくたちのことを投げることはなかった

彼の背中はいつもより 少し大きく見えた

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